♂♀長編
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「(…大丈夫かな、明王さん)」
空を眺めながら呟いた。
外は雪は強くなり、寒さも一層厳しいものに。
更には雪が月光に照らされる幻想的な世界から、禍々しい赤色の月へと変化し始めている。
「(…変な、空だな)」
紅の月光は夜空と雪を不気味に色付けた。
「(何だか、嫌な予感がするよ…)」
リューも帰って来ないし、
明王さんも戻って来ないし、
守の叫び声……。
一体何なんだよ?
今日は。
「(聖なる日…なのに、な)」
やっぱりクリスマスなんてのは一部の裕福な者のための暇潰しの1つか。
神様なんて、救世主なんて
「(居る訳無いもんな)」
フゥ、と白い息を吐いた。
顔を心配に曇らせながら、3人の安否を祈る。
━━ゴクリ。
自身を落ち着かせようと、少年は何回も息を呑む。
彼の、ヒロトの手は震えて居た。
「(オレは…オレは……)」
そ、とコートのポケットに手を入れた。
冷えた手を温める訳では無く、中にあるものを確認するため。
それは少し錆びた、小ぶりのナイフ。
出てくる前に住居から取って来たものだ。
無論、凶器として。
リューは彼がそんなものを持って居ることを知らない。
だから、ガタガタ震えて老婆を恐れきっている。
ヒロトの震えは老婆に対する恐怖では無くて、自分に対する恐怖によるもの。
自分が恐ろしいと感じた。
これから彼女の自由と人生を奪った老婆を殺す気で居る、自分が。
老人、しかも女。
確実に自分の方が有利だと考えて居た。
彼も彼女も知らない。
老婆が巨万の財産を持つ大富豪であることを。
ヒロトの方は今の世の中がどんなものかを良く理解している。
━━金が物を言う、
そんな世界。
だから、老婆の財産で何を手に入れることも何を雇うことも何を開発することも何をしても、…何でも出来るのだ。
それをまだ知らないことは致命的な欠陥なのだ。
再び被害を繰り返すだけ。
そうとはつゆも知らずヒロトとリューは塔の1階、唯一の玄関口に向かっていた。
「ねぇ…ヒロト…。上から上がろうよ…ほら、あの窓からロープが垂れてるでしょ?」
顔色を悪くしたリューが指した先は、地上から30、40mは離れていそうな高い高い場所にある窓。
ヒロトはギョッとしながらも首を横に振った。
「駄目。あんな上じゃあ登ってる間に何かされたり、部屋の中で追い詰められたりロープを切られたら終わりだろう?…大丈夫、オレが守ってあげるから…」
震えるリューの手をギュッと握りしめた。
それは自分の震えを紛らわすものだったかも知れない。
だが、リューもヒロトの鼓動の速さを知ると決心したように足を前に進めた。
入り扉の中からする臭いは初めて嗅ぐヒロトには充分嫌悪感を与えた。
「………っ!」
酷い、臭いだ……!
飢え死んだ荒廃のと同じ…!
………まさか、
時のたった死人の臭い?
「…リュー……」
「何……?」
「もしかしてこの魔の森で行方不明になった人は……」
━━ドクッドクッドクッ
目が知らず知らず大きく開いてきた。
嫌な汗が開いた瞳に落ちる。
心臓が爆発しそうな勢いで弾む。
手足身体全てが停止した。
パクパクと唇だけが動いた。
━━ここで殺されたの?
━━君達を抱いて?
━━油断させるために?
━━じゃあ君達は人を殺すために利用されていたの?
━━猛獣なんて、居なかった。じゃあ、そんな、まさか。
「……多分」
顔を俯かせて彼女は答えた。
ヒロトの声にならなかった言葉はリューに届いて居たらしい。
いや、彼女は気付いて居たからか。
何にしても━━、
これで3人が塔の秘密を暴いたのだ。
この忌々しき建造物の隠された意味を。
2人は、動くことが出来なかった。
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