♂♀長編
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老婆の血が赤い光に触れた時
悪夢は終わった。
「…っ、う……!」
「…風丸!!」
カラン!と銃を落とした彼は手で顔を覆うとそのまましゃがみ込んでしまう。
守が風丸の顔を覗くと、ポタポタと何かが彼の手から溢れた。
「…泣いて、るのか?」
「うぁっ…ぅう……!」
悲しくなんて無いのに。
もう苦しくも無いのに。
どうしてオレは泣いてるんだろう。
『…殺す、なんて非道なこと普通は出来ないんだ。一生つきまとう、罪だ…例えどんな相手を殺したとしても……』
『幸次郎、…大丈夫だよ。風丸は1人じゃないから……』
『……ああ』
『(寧ろ、心配なのは……。)』
佐久乃は瞳に青年を映した。
最愛の友人を。
風丸を導いている道中のことだった。
明王との関係や、自分達のことを説明している時。
佐久乃は風丸に1つ、頼み事をしていた。
━━『あたし達が完全に居なくなれば明王は1人になっちゃうんだ…きっと目的も何もかも失ったあいつはいつか死を選ぶだろう。…時々で良いんだ。明王に会いに行って欲しい』、と。
明王は世界を何も知らない。
8年もの間を復讐のみを考えて生きて来たのだから。
また風丸も何も知らない。
8年もの間、ずっと閉じ込められて居たのだから。
嗚呼、これで終わったのだ。
そう実感すると彼女もツー…と涙を静かに流した。
自分達は報われたのだ。
やっと自由なのだ。
そう涙が語って居た。
『…オレ達もそろそろ、"終わり"、だな』
『……うん…』
彼等の終わりは始まりと同一。
決して悲しいことでは無い。
「オレ、人、殺し、ちゃっ…!」
自責に囚われた彼。
一生拭い切れない大罪を彼は担ってしまった。
誰かがやらなければ、
仕方無いこと。
風丸は寧ろ喜ぶべきであるかもしれない。
しかし彼の心はそれを庇い切れない程…弱い。
でも隣に居る少年は優しく微笑みかけた。
「風丸、そんなに自分を責めなくていいんだ。お前は救ったんだ!オレを、皆を、過去を…!」
「っで、も……っ」
『ありがとう、風丸』
『守にしか聞こえ無いけど、気持ちが伝わればいいな』
幸次郎と佐久乃が風丸の後ろから感謝の意を述べた。
守は2人をチラ、と見るとニコ…と笑った。
「風丸……それでもお前が自分を責め続けるなら、オレがそれを半分請け負うよ。2人でさ、いっぱい後悔していっぱい楽しもう?」
ピク、と風丸は肩を震わせて動きを止めた。
「…涙、止まった……」
ちょっとだけ、微笑んだ。
「悪ぃな、風丸、守…。オレが引導を渡すっつったのによ……」
明王が脱け殻のように呟いた。
小さい声だったために、2人には聞こえることは無い。
━━別な2人には、届いたが。
『お疲れ様、明王』
『お前のおかげでやっと自由になれたよ』
そ…っと優しく幸次郎と佐久乃は彼を包み込む。
そして無意識に温かな涙が流れ落ちた。
『大好きだぞ』
『先に行ってるよ』
綺麗な2人の涙が明王の頬に弾いた時、彼は空を仰いだ。
「雪…いや、雨…か?……にしては何か、あったけぇ気がすんな……」
『『………!!』』
分からない筈なのに、
見えない筈なのに、
初めて温もりが伝わった。
自分達が確認された。
これを感動と言わず何と言えば良いか。
「明王さん、そこに佐久乃さんと幸次郎さんが居ます…」
「なっ……!」
守が風丸を支えながら口を開いた。
2人の終演が分かったのだろう……。
「オレ代弁しますから、伝えたいことあったら…」
「ちょ、ちょっと待てよ!何でお前が…?それに、幸次郎に佐久乃って…」
明王は困惑しているものの、何処か納得していた。
2人の名前が出て来た以上、信用せざるを得なかったのかも知れないが。
佐久乃と幸次郎は頼むよ、と言って交互に話し始めた。
「じゃあ、まずは幸次郎さんからいきます」
━━明王、
オレ達のために8年間生きていてくれてありがとう。
いつ頃かは覚えて無いが、暫く前からお前を見守って居たよ。
本当、相変わらずだなって思ったぞ!
無愛想で、口も悪くて。
そして優しい奴でさ。
オレ達のこと忘れ無いでいてくれたのは凄く嬉しいよ!
「…っ、当たり前だろ…」
━━だから、オレ達が居なくなった時のお前が心配でならないんだ。
新しい生きる目的を見つけて、…オレ達のことは忘れてくれて構わない。
もう過去に縛られちゃ、駄目だぞ!
『……っ』
涙が溢れて止まらない。
悲しい。本当はずっと覚えてて欲しい、と。
そう必死で伝えているようだった。
「…忘れる?バカなこと言ってんじゃねぇよ…!…オレは………!」
明王も遂に涙が堪え切れなくなった。
息を必死でしながら、泣きじゃくって喋った。
「お前等は、ずっとオレと一緒に生きてくんだからよぉ……っ!」
『…!あき、お…っ!』
「忘れてたまるかってんだ!しつけぇくらいずっと覚えててやるよ…っ」
いつの間にか、泣き声は増えて居た。
佐久乃、守、風丸、リューと。
流すは違うども、流した意味は皆同じ。
『次は、あたし、頼むよ…』
━━明王っ!
あたしさぁ、あんたに会えて良かった!
…こんな事言うのもアレだけど、最後に抱かれたのが明王で良かったよ。
…ごめんね?
あんただけ、進ませちゃって。
あたし達は16のままだけど、お前はもう24になっちゃったんだもんな。
でも覚えてて欲しい!
あたし達はもうあんたを見守ることは出来ないけど……ずっと、一緒に居るから…!
「ぢぎじょう…!誰が、頼むかよぉ……っ、」
『アハハ、…バーカ…!』
━━まっ、幸次郎がほとんど言ったからあたしは特に言うことは無いんだけど…
好きで、居てくれて、
『…あり、がどう!』
「ッチ…バレて、たのかよっ…!クソ、が…!」
今日程空が泣いた日は無いだろう……。
今日程解放された日も無いだろう。
泣きじゃくって、汚い顔に誰もが変わって居た。
泣き顔を見るのも今日が最後。
悲しむ必要はもう無いのだから。
関を切ったように、幸次郎は一層泣いた。
彼には考えられないくらい冷静さを欠いて泣き叫んだ。
『…明王ぉぉ!!オレ、本当は!ずっと、ずっと3人で居たかったよ…っ!死にだぐ、無がっだ…!でも、もう、別れの時なんだ…っ!!ありがとう、オレの親友で居てくれて!ありがとう!』
彼女もそれにつられ、
『う、うぁぁあぁっ!!さよなら、さよなら!明王、今までありがどーーっ!』
そう言って叫んだ。
2人の言葉が伝わったかどうかは定かでは無いが、明王の様子を見る限り心配は要らないだろう。
『『大好きだ!』』
そう思い切り叫ぶと、
綺麗な顔の女と顔立ちの良い男は存在が消えた。
「…オレも…っ、」
━━大好きだ……!
誰にも聞こえない小さな声は空気中にこだました。
あ り が と う …
「……!」
「…え……」
「……っ」
空耳か否か、少年達の脳内にアルトとバリトンの声が響いた。
強く、優しく……
赤い月は何時の間にか、輝く太陽によって消えて居た。
もう不気味な月も塔も見ることは無い。
━━プレンツェル、
悪夢のピリオドは温かな雨によって付けられたのだった。
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