♀長編

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「(贔屓…か……)」

夕陽が暮れた頃、源田はカチャ、と車のキーを回した。
脳内には朝方の記憶が漂っている。



「(まさか、こんなにも自分に似た人間が居るとはな…)」

ドアを開けてハンドルの付いた左座席に腰掛ける。
そのついでに皮の鞄を右の空席にそっと置いた。

「(佐久間……か)」



ふと、その名を浮かべると昔の自分が脳内に現れる。


彼は高校、つまり5年前に実家を飛び出した。

『源田』聞く限り華厳そうな名である。
佐久間の名より少しばかり上の、これまた大富豪の家だ。

彼は優しさと正義の心を持った、今時珍しい人種の人間で、源田の名が許せなかった。

上流階級、中流階級…下流階級、様々な身分があるこの世の中の、超上流で生きてきた彼。
何1つとて不自由は無い、選ばれた人間の生活。

群がる周囲は懸命に彼の気を引こうと、求めている人間より満たされた自分により安息をより幸福を与えてばかり。


そんな人生論に
彼は呆れ、嫌気が射した。

そして家業を就かず教師になった。
自分のように、自分に絶望を感じさせないようにと━━。


「(やっぱりこの職を選んで正解だったな)」

あの意地張りな(多分)心優しい少女をオレが救ってやろうじゃないか!



















「あ、あの佐久間さんっ、オレと…っ」

彼女が赤く照らされる帰路にてカチカチ携帯を起動させて居ると、右折した所で声をかけられた。

所謂『告白』と言う奴だ。


しかし佐久間はそんな顔を赤らめて勇気を出し、想いを自分に伝えた少年をジロッと睨んだ。

「無理」

そう冷たくあしらうと再び道を歩き始めた。
少年はと言うと、蛇に睨まれた蛙の如く暫くは動けそうに無い。


何もこれが初めてでは無い。
最近はめっきり減ったものの、高校入学時はかなりの男子生徒から佐久間は目を付けられていた。

尤も━━性格を知られてしまえば、その後の結果は火を見るより明らかだが。


薔薇姫様、佐久間はその名の通り見た目は美しい。
容姿だけで言えば彼女は校内一の美貌を誇るだろう。

ただ、総合的に考えると風丸の方が男子からも女子からも評判が良いのだが。



「(…ったく、自分のツラ鏡で見てみやがれ)」

あたしと不釣り合いにも程があるだろ。
一般的な奴があたしに話し掛けるな!あたしが汚れる!

うーん…そう言えば外見の好みとかあんま考えた事、無いな。

見た目、見た目……
そうだな、せめて、


「(源田ぐらいじゃ無いと…)」

………ん?


「はぁっ!!??」

自分の頭の中にパッと浮かんだ言葉に思わず叫んでしまった。
幸いにも周囲には佐久間1人だったものの、誰かがそれを見ていたら非常に気まずい空気が流れて居たことだろう。

それより、だ。



「(な、何で!?)」

━━何で源田なんか!?

あたしマジ何で今源田の名前出したの!?
キモい!!


ぞわぞわと鳥肌が全身を取り巻いた。
寒気も模様したのか、褐色の腕で自らの身体を包む。

「(あり得ない…吐きそ)」

被害者の彼からしたら失礼な言葉のオンパレードだが、あくまで現場は佐久間の脳内。
誰に伝わる事も無い、彼女の中の妙な戦いだ。



━━確かに顔は……。

……中々、だけどさっ!

「(幾ら何でもアイツは無い!)」


理不尽な怒りをブロック塀にぶつけると、ムスッとしながら彼女は早歩きで自宅の方へ向かった。

因みに、何時もなら車での登下校だが、今日は怒ってばかり居たのでゆっくりしたい、と徒歩で帰る事にしたのだが━━


効果は無かったらしい。





「(ああ、もう!せっかく風丸や晴と同じクラスに成れたのに台無しだ!)」

はーやく担任変われー!



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