イナゴ長編
□two
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まだ人も多い放課後、
ダダダダダダ…と騒音が第一校舎に響き渡る。
「(うるさい…)」
ガラッ!と勢い良く西突き当たりの部屋の扉が引かれた。
恐らく『少年』であろう。
「みっなみさわさーん!!」
意気揚々と部屋の先客の名を叫ぶ。
幸いにもまだ彼女以外の生徒は居なかった。
「…騒がしいな、キタロー」
「く・ら・まッス!倉間!あっ、なんなら典人でも……」
「誰が呼ぶか」
連れないッスねぇ先輩〜、とニヤニヤしながら少年は鞄を部屋の隅に置いて南沢の元へ行く。
どうやら彼女は本を読んでいるようだった。
「何読んでんスか?」
「……シンデレラ」
やや顔を赤らめて、小さな声で呟く。
彼女が口にした物語は主に日本では子供用、それも幼稚園児が読む様な物として広まっているため、少し恥ずかしかったのだろう。
それを証拠づけるかのように、倉間はポカン…としてしまっている。
「で、でも英語で書かれてるから対象年齢は別に、ちょ、丁度いいぐらいなんだからな!」
流石に自分のキャラに合わない、と慌てて南沢は彼に弁解をする。
お陰で所々言葉が詰まってしまった。
「な、何…何か言いなさ…」
「南沢さん超可愛いッスね」
「は!?な、な…お、お前馬鹿じゃないのか!意味不明だ…って…」
「(えっ何この反応)」
ヤバい。
めっちゃ可愛い。
こんな表情するんだ、この人…。
まだ会って2回目だけど南沢さんってスッゲェクールなイメージだったから…。
なんつうか、こう
「(ますます惚れた…)」
もしかしてオレも今顔赤いんじゃねぇ?
「みなみさ…」
「チビ助!かっ開館するから札変えて!」
「あっハイ!!」
少年は何かを言いかけたが、愛しの彼女の命令にはかなり従順な様で、『開館』のプラスチックプレートを手にドアへ走って行った。
「(可愛いなんて…久しぶりに言われたな…)」
今はもう、
アイツも誰も
言ってくれないからな…
「(…倉間は…あの噂聞いたなら……)」
どうしてあたしに近付けるんだろう。
シンデレラ。
童話のタイトルであり、主人公の女性の通称。
彼女の名前は作中に一度も登場する事は無く、偽りの名で呼ばれ続ける。
継母に、動物に、全てに。
本当の名を知られる事なく『現実』でも彼女はシンデレラの名で物語は広まった。
偽りの自分を多くに広められた彼女。
本だらけのこの広い空間の、窓側のテーブルにポツンと置き忘れられた一冊の分厚い童話集。
何気なく開いたページには『Chinderella』の文字。
自然に重ねて居たのかも知れない。
惹かれ合っていたのかも知れない。
『彼女』と『彼女』の違い、それは
『彼女』には自分を悪環境から救ってくれる王子様が居て、
『彼女』は一人、悪環境の中で出ようと試みることも無く段々、段々と沈んで行く事。
彼女には最早、救いなど必要無かった。
自分にはこれがお似合いだと言わんばかりに孤独を受け入れ、また自らその道へ進んで行く。
器用で、非常に不器用なのだ。
「南沢さーん!」
「…ん」
少年が彼女の名を呼ぶ。
彼が呼ぶその名は、偽りか。
それとも『彼女』か。
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