疾風少女伝
□狂音
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「もう、ダメなんだ」
彼女が吐き出したその声には妙に重くて、悲しかった。
いきなり、宇宙人が現れて。
学校が壊されて。
宇宙人を倒すために全国行脚の旅をして。
奈良では唯一の協力者であり理解者を失い、更に心の拠り所であった彼の隣を奪われてしまい、
北海道では自分の存在を凌駕する能力を持つ少年が仲間になり、
京都では更なる力の差を見せ付けられ、また1人DFに長けた者が仲間になり、
愛媛では初めての友人が敵になり、そして嫌々ながら戦うも友人は再び入院生活を強いられ、更にはまた1人仲間を失って、
大阪では女子ながらにストライカーを務める仲間に出会い、
福岡にまで来た。
そこは境だったのだ、と今なら理解出来る。
彼女達、『イナズマイレブン』のファンだと言って、円堂、風丸、栗松、壁山を尊敬の意で讃えてくれた者達に会ったお陰で少しは救われたのに。
最大級の絶望を味わってしまった。
少しずつだが、確実に強くなっていって未知なる相手を倒して来たのに。
もう最後だと自分に言い聞かせて来たのに。
抗えない力に遭遇した。
その瞳は語る。
━━お前は弱い、と。
ガラガラと何もかもが音を起てて一気に崩れ果てた。
立ち尽くして、自己嫌悪になって、瞳に光が宿らなくて、異常だと分かりやすい様だったのに。
誰かが「大丈夫?」だとか、彼女の言葉を聞いてくれて居たのならば。
風丸は救われたかも知れないのに。
しかしその時、エースストライカーの名を持つ者が彼女の上を行く異常を来していた。
当然、皆はそちらに集中する。
彼女は1人になった。
誰も救いを、助けを、視線を、右手を、
差し伸べてはくれない。
彼女は大きな決意を下した。
「何で…何でだよ、風丸!」
「………」
ゆさゆさと彼女の肩を揺さぶる少年は波風に負ける事無く叫ぶ。
対して少女は俯いたまま。
「どうして諦めちゃうんだよ!?皆の思いを継いだんじゃ、無かったのかよ!」
「、うるさい…な」
ぽつりと小さく言い返してみたその言葉に覇気などは微塵も無い。
「お前に何が分かるんだ…?お前に、さ…」
「…!?意味分かんないよ、風丸!!」
あ、そう。
オレの言ってる意味分かんないんだ。
そっか。
やっぱりお前は、
親友なんかじゃ無かったんだな。
オレが一方的に思い込んでただけだ。只、小さい頃から知り合いだっただけだったんだ。
「お前は、オレの事を何も知らない。知ろうとも、してないから。馬鹿みたいだな、オレ」
「…!!……オレはちゃんと………!」
「黙れ!!」
普段より数段高くて大きな声で彼女は叫んだ。
それは最近で一番力のある発言だ。
円堂は驚いたのだろうか、目を固まらせて風丸をジッと見ている。
「全部、全部!!無駄だったんだ!努力は報われる!?良く言うよ!オレの努力は何1つ報われ無かった!」
「…ま…また頑張って特訓すれば…!」
円堂の答えにならない答えは彼女の希望を失うだけだ。
彼の言葉をハ、と軽く流す。
「もう良いよ。やっぱりお前はオレの親友なんかじゃ無━━!」
パシン!
「………!」
風丸の顔が右を向いていた。彼女が自らそうした訳では無い。
円堂が、彼女の頬を叩いたのだ。
彼はハァ、ハァ、と血走った目と呼吸を合わせて風丸を見る。
「…いや、もう何でも無いよ。すまないな、円堂。さようなら」
「…あっ!ご、ごめん風丸!今のはつい……!」
「じゃあな」
「か…風丸!!待てよ、冗談だろ?行くなよ!」
円堂の、彼女を引き留めたいと言う思いは多分本当だ。
でもそれ以上に彼女の空虚感は強かった。
「幾らお前でも離脱したいヤツを無理矢理キャラバンに入れとくなんて出来ないだろ?…もう放っといてくれ」
「風丸!!!」
既にその叫びは誰の耳に通る事も無くなって、ただ空気にこだました。
「風丸っ……オレ、本当は、お前のこと………!」
これも、伝わらない。
「瞳子監督、今までありがとうございました」
「………!風丸、くん」
荷物を持って彼女は責任者の前に現れた。
責任者の監督は、酷く驚いている様子が見て取れる。
「…とうとう、貴女まで……?」
「このチームにオレは必要ありません。支障は無い筈です。…これ以上話す事は無いので、さようなら」
「………!」
彼女は去り行く。
もう何も怖いものは無い。
皆が寝静まった頃、こっそり1人で練習する事も、
茂みに隠れて泣く事も、
女と言う事実を抹消して男としてサッカーをする必要も、
何も無くなったのだから。
「あはははは!!」
彼女は笑った。
絶望を闇に放り込み、
偽物の自由を手に入れたのだ。
「皆、馬鹿みたいだ」
泥だらけになってまで
敵わない力に挑むなんて!
馬鹿みたいだ!
馬鹿だ!
あははははっ!
(狂ったのは彼女と時間と思い出と想いと)
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