Original Story

□永遠なる魔法
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昔々、あるところに一人の魔女が住んでおりました。
魔女は人見知りがとても激しく、他の人と話をするのが苦手だったので森の奥でひっそりと暮らしていたら、いつの間にか人々に変人と呼ばれる存在になっておりました…。


――――


「しまった…。皆と逸れたか…」
狩りの最中に僅かによそ見をした隙にどうやら皆と逸れてしまったようだ。光溢れる美しき森に一人周りを見回すが、辺りに人がいる気配はない。今いる森は広いから皆を探すのは難しいかもしれない。
「…まあいい。とりあえず、歩いてみるか」
途方に暮れていても仕方がないとばかりに止めていた足を動かす。既に来た道すらも覚えていないから進む道が出口につながっているのかすらわからない。それでも迷いなく真っ直ぐと足は進む。
彼は今自由だった。いつもは人に囲まれ、監視されているような環境なため、このように一人でいれる時間は貴重だった。その貴重な時間を堪能するかの如く彼は機嫌よく進んでいく。
森は陰鬱としたものではなく、明るく、適度に差し込む太陽の光が心地よい、気持ちのよい森だった。空気も澄んで綺麗だ。彼がこの森に足を運んだのは今回が初めてだった。父に誘われて無理矢理狩りに参加させられた。こんなことをするくらいなら本を読んでいた方が有意義な時間が過ごせるのに、と思ってしまったが、この森はとても居心地がいい。今は来てよかったとすら思える。
森の景色を観察しながら足を動かしていると奥から人の気配がした。人の気配が複数ではないため彼の護衛などではないだろうが、一般の市民が森に迷い込んでしまったのかもしれない。いくらここが陰鬱とした場所ではないにしろ、野生の動物はいるのだから放っておくことはできない。彼はその気配のある方へ足を向けた。
「…そう。じゃあ…」
近づくにつれ人の話す声がする。声からすると女性だ。鈴を鳴らしたような愛らしい声。囁くような声が可愛らしい。
「大丈夫よ。私もそろそろ戻るから。貴方たちもお帰りなさい」
誰かに話しかけている様子だが、よく見るとそこには美しい藤色の長い髪を持つ女性が一人いるだけだった。周りに他の人がいる気配はない。いるとしたら小鳥だけだが…。
「皆にも知らせてあげてね」
彼女は小鳥に向かって話しかけているように見えた。小鳥は彼女の言葉を受けて飛び立っていく。まるで彼女の言っていることを理解している風だった。
茫然としていると彼女はそこから立ち去ろうとしていた。彼は慌てて彼女に話しかけた。
「そこのお嬢さん」
背を向けていた彼女が彼の言葉で振り返る。美しい藤色の長い髪が翻り、彼女の顔が見えた。大きな菫色の瞳、白い肌、桜色の頬に桃色の唇。見る者を魅了する美しさに彼はしばし言葉を失い、彼女に見入った。が、彼女が困ったように顔を伏せ、後退し始めたことで我に返った。
「あ…。突然声をかけてすまない」
謝罪を口にしながら一歩前に出るとそれに合わせて彼女も一歩後退する。どうやら警戒されているらしい。まあ、こんな森の中の奥一人でいる時点で怪しいと思うのは当然だと思う。彼は対して気にもせずに言葉を続けた。
「わた…俺は連れの者と逸れてしまったんだ。お嬢さんは迷ってしまったのか?」
なるべく警戒されないように自分のことも交えて聞いてみたのだが…。彼女はじりじりと後退するのみでこちらの目を見ようともしない。綺麗な菫色の大きな瞳が見えなくなったのは少し残念だったが、それを面に出さないように彼は更に言葉を続ける。
「いくら危険な森でないとはいえ、ここには野生の動物もいる。もしよければ森の出口まで一緒に行かないか?」
暗に女性の一人歩きは危ないということを指して言ったのだが、彼女は俯いたまま小さく首を振るだけだった。拒否、と言う意思表示に少し傷ついたが、彼としてはこんな森の奥に女性を一人にするわけにはいかないので更に言葉を重ねる。
「だが、こんな森の奥に君のような女性が一人でいるのは危険だ」
我ながら必死だと思う言葉に彼は気がついた。もしかしたらこの言葉は建前なのかもしれない。心の中ではこんなにも彼女の事を心配している。合って間もない、言葉すらまともに交わしていない彼女の事がこんなに気になっているなんて…もしかしたら彼女の美しさに囚われてしまったのかもしれない。
そう考える一つの言葉が浮かんだ。
――恋。
その人の事を考えると胸が痛くなったり動悸がするというもの。もしかしたらこれがそうなのかもしれない。父や母達から聞いた話と酷似しているこの気持ちに彼は少なからず混乱した。恋など初めての経験だった。酷く動揺するが、表情には一切出さない。彼はポーカーフェイスに慣れていた。
「君が大丈夫だと言っても俺が心配なんだ。どうか出口まででいい。一緒に言ってくれないか?」
極めて冷静に言うが、彼女は全く動いてくれない。辛うじて後退することはやめてくれたが、距離が遠い。
「…」
「…」
しばらく無言でいるが、沈黙に耐えられずにもう一度言葉を重ねようとした彼のもとに小さな囁きが聞こえた。
「わ、私は…この…森に住んでて…だから…森からは…出ないんです…」
耳を澄まさなければ聞こえないような声だったが、彼にはきちんと届いた。だが、その言葉は容易に信用できるのもではなかった。危険はないとはいえ女性がこんな森に住んでいるという話しは聞いたことがなかった。第一、知っていればこの森を狩り場にする時に何らかの注意が必要となるはず。しかし、父からはそんな注意は聞いていない。と言うことは彼女は嘘を言っているのか…。だが、彼女の様子から嘘をついているようには見えない。と言うことは誰にも知られずにここに住み着いているというのか。
釈然としないながらもとりあえず無理矢理納得することにした。疑問は後で解決すればいいだけのことだ。
「それでは、この森の出口がどこかわかるだろうか。もしよければ案内を頼みたいのだが…」
気が付いたら最後の言葉が彼の口から勝手に飛び出た。そんなことを言うつもりはなかったのだが、気が付いたらそう言っていた。ここで彼女と別れるのは残念だとは思っていたが、まさか口から杏奈言葉が出るとは思っていなかった。彼は思っていたよりも欲望が強かったらしい。
チラリと彼女を見ると彼女は俯いたままだっ。拒否…はしていないが、了承もしていない。どうするのかと彼女の反応を覗っていたら彼女がぽつりと呟いた。
「離れて…ついてくるなら…案内します…」
伏せていた顔を僅かにあげ、顔色を窺うようにしながらそう言ってくれた彼女はとても可愛らしかった。彼は口元がにやけそうになるのを手で隠し「お願いする」と一言だけ呟いた。
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