□僕と蚊の女ーボクとカノジョー
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慶太はリビングで昼寝をしていた。

クーラーを適温より少し低めに設定して、腹にタオルケットを掛けてバンザイをして寝る。普段は家族で使うこのソファーも、今だけは慶太のものだ。
母に見つかると電気代がかかると怒られる上に、下手をすると風邪をひいてしまうが、その時はその時だ。
幸い、今日は母親がパートの日だ。帰ってくるのは夕方だから、例え2時間寝たとしても全く問題ない。



ミーン ミーン ミーン

外では蝉の快活な鳴き声が響き渡り、時折窓枠に飾った風鈴がクーラーの風にそよいでチリンと音を奏でる。ううん、いい音だ。涼しげで心地よい。
確か今日は日中32度まで上ると天気予報で言っていたが、クーラーのお陰でうだるような暑さは感じられない。全く科学様々だ。

慶太は夏の空気を楽しみながら、ゆるゆると深い眠りに堕ちていった。



、ー…ン

プーン

『んん…。』

…夏は大好きなんだけど、これさえなければなあ。慶太は耳元で手をパタパタやりながら、寝ぼけた頭で文句を言った。

蚊は夏の風物詩で唯一嫌いなものだ。
ブンブンと飛び回って鬱陶しいし、なにより刺されたら痒い。今みたいに寝てるときに耳元で羽音を立てられようもんならもう、…あーもう!!

『鬱陶しいんだよ!!』

バチン!!

『キャア!!』

癇癪を起こして無作為に手を叩くと、不思議なことに頭の上から女の声がした。
マズい、母さんが帰ってきたのだろうか。いやまだそんなに時間は経っていないはずだ。僕は一人っ子だし、姉妹なんていない。まさか、…泥棒?!

僕はギクリとして、ゆっくりと目を開けた。本当に泥棒がいて、僕が起きるのと同時に何かされたらどうしよう。そんな不安を抱きながら。

『ちょっと君、いきなり叩くなんて酷いじゃない。』

次の瞬間、僕は文字通り飛び起きた。
頭が真っ白になって、心臓がドキドキと騒がしい。目はあり得ないくらいに見開いて、口はパクパクと開いたり閉じたりを繰り返している。

『出会い頭に叩き潰そうだなんて、不躾だわ。こっちの事情もしらないくせに。
ねえ、聞いてる?』



僕の前に蚊がいる。



人間サイズの、服を着た蚊が。
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