よろよろとヴァリアーのアジトに戻ってきた銀色の男は、まっすぐ自室へ向かう階段へと足を向けていた。
身に纏う真っ黒い服では目立つことはないが、よく目を凝らすと多数の血痕がついているのがわかる。美しい銀色の長髪にも、点々と赤い斑点が付いていた。
 彼が階段を登りきり、ようやく手を自室のドアノブにかけた時、ふいに表情を強張らせた。先ほどまで死んでいる魚のような覇気のない顔で歩いてたにも関らず、
今は何かに怯えたような顔で部屋の前で立ち尽くしていた。
「入れよ」
 部屋の中から聞こえる声に、震える手でドアノブを掴み、ゆっくりと回すと、部屋のドアは簡単に開け放たれた。
 部屋の中には、一人の男が座っている。夜特有の漆黒の空気を纏いながらも、その威圧に満ちた瞳だけ爛々と輝かせて、
たった今開いたドアに顔を向けて笑っていた。手には、部屋の持ち主が楽しみに取っておいたワインを持ちながら。
「随分と遅えじゃねえか、カス鮫よ。てっきり、失敗してどっかで言い訳でも考えてきてんのかと思ったぜ?」
「なんでてめえがここにいるんだ、なぁ?ザンザス様よ」
 疲労が目に見えて溜まっている銀色の男、スクアーロは嫌味を込めて言葉を返す。さっさと部屋に備え付けているシャワールームに飛び込んで、
さっぱりと血を流してベッドで眠りたいのだ。最近は任務が立て続けに舞込み、二十代後半に差しかかった体には少々きついものばかりだった。
 普段は悪態をつきながらもせっせと任務をこなすスクアーロが見せた疲労の色に、上質なワインを口に運んでいささか上機嫌だったザンザスも笑みを引っ込めた。
スクアーロはそっと部屋に入り後ろ手でドアを閉めると、おもむろに上着を脱ぐ。体に張り付く血の匂いと、汗。べとべとして気持ちが悪い。
 スクアーロが上着をドア付近のかごに入れて部屋にいるザンザスには目もくれずバスルームへと消えていく。
朝になれば誰かがこのかごを持っていって、翌日には綺麗にプレスされて戻ってくるのだ。
「おいカス…」
 ザンザスの呼びかけにも答えず、スクアーロはシャワールームに入るとさっさと着ている服を脱ぎ捨ててシャワーを浴び始めた。
血の付いた髪を綺麗にする為、冷えた水を頭からかぶる。疲れている体は温かい湯を求めているが、仕方のないことだ。
 スクアーロは正面の鏡に映った自身を見る。先週よりさらに痩せたような気がした。色も異様な程に白く、表情には疲れが滲み出ている。
「眠ぃ…」
 明日の予定を聞いていない関係上、まだ寝ることは許されない。気を緩めるとすぐに落ちてくる瞼を気合でこじ開け、
気に入りのシャンプーボトルを数回プッシュし、髪を豪快に洗い始めた。
「さっさと予定を聞いて、今日は寝てやる…」
 ザンザスとの体の関係も、この数週間は一度もない。欲の強い彼のことだから、どこか匿っている愛人とよろしくやっていると思い、
スクアーロはシャワールームを出たらザンザスがいないことを祈っていた。心のどこかで、何か重い物をひっかけながら、スクアーロは泡に包まれた髪を流した。
「随分長えシャワーじゃねえか」
 シャワールームを出ると、先ほどの位置からまったく動くことなく、ザンザスがボトルを傾けていた。
ボトルの中身が空に近い状態になっている辺り、まったく動くことなくワインを体内に流し込み続けていたのが目に浮かぶ。
「まだいたのかよ…」
 スクアーロが絞り出すような声を出す。疲れを前面に出しているスクアーロに目を細めたザンザスが手を差し出す。
「来いよカス」

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