蒼海
□誕生
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「アリシア、最近おかしくない?」
姉の一人がそう言う。
「そうね…静かになったかも。」
「何かあったのかしら。」
「最近、外にだって出て行かないじゃない。おばあさまのところにも行ってないって話よ?」
「あら、珍しい。何かよくないことが怒る前兆かも。」
そんな冗談に姉たちは笑う。それでもアリシアはずっとあの銀の小さな棒を見つめている。先が3本に分かれた人間が作った棒。
「ねえ、アリシア。」
アリシアは答えない。ずっと手元にある棒をいじって、それを見つめている。
「アリシア!」
「…えっ。」
やっとのことで姉たちの方を振り向いた。
姉たちが自分のことをじっと見ている。どうしたのだろう。
「ど、どうしたの?」
「ねえ、アリシア、あなたおかしいわ。」
「どうして?」
「何もしゃべらないじゃない。何かあった?」
何かあった?
そう聞かれるとどうしても灰色の瞳が浮かんでくる。太陽の光で儚く見えたあの灰色の瞳。彼は今、何をしているのだろう。あの2本の足で暖かい太陽の下を歩いているのだろうか。
「アリシア?」
「えっ…?」
「もう。」
姉がため息をつく。
「アリシア、あなた、恋でもしたの?」
「…恋?誰に?」
「それは私たちのセリフ!!」
「え?」
この妹は一体何を考えているのだろう。姉たちにまで分からなくなってしまう。
「だってあなた本当におかしいわ。ぼーっとしちゃって。」
「ねえ、悩みがあるなら姉さんに言ってごらんなさいな。」
悩み。
そう言われて考えてみる。そしてふと口を開いた。
「灰色…」
「はいいろ??」
「あの…灰色の瞳って姉さんたちはどう思う?」
そんな妹の言葉にきょとんとしてしまう。
「灰色の目?あ、もしかしてアリシアの好きな人の目?」
好き?人間を?そんなはずない、そう思って首を横に振る。
「違うの〜?なんだ〜。」
「でも灰色の目って珍しいんじゃない?私の恋人の中に灰色はいなかったわ。でも私は青の方が好きかしら。」
「ええ!?断然黒でしょう!!あの真っ黒な感じが素敵じゃない?」
「何言ってるの。緑よ。まるで宝石よ!」
そんな姉たちの討論を見てため息をついてしまう。
灰色の目。
それが彼の瞳。
名前も分からない、あの彼。
再び座って銀の棒をいじる。
それを見つめる。
人間の世界の物。
これを触っているだけで、あの人と繋がっていられるような気がする。
もう、逢うことはないけれど。
あの瞳で見つめられることはないけれど。
きっと忘れることはない。
この棒を見て私はきっと思い出す。何年先も。
たとえ、年老いてしまっても。
この繋がりさえあるならば。
アリシアは静かに目を伏せた。