蒼海
□騎士の仮面
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クラウドは王子の隣について歩く知らない娘を見つめた。新しい寵姫だろうか。しかし、寵姫などとは違う、高貴な雰囲気がその娘にはあった。寵姫という枠には納まらない威厳。そのようなものを感じる。王族の姫君のような、そんな威厳。
どうしてそんな娘が結婚を控えた王子の隣を仲睦まじく手を取り合って歩いているのか。あそこはアリシアがいるべき場所だ。なのに、どうして。
嫌な予感が騎士の中を走る。まさかと思い、騎士は王子とその娘の方へと歩み寄った。
「王子、」
騎士は頭を下げてそう呼びかけた。王子が何かを悟ったように騎士を見つめる。
「クラウドか、」
「お話がございます。」
「ちょうどいい、この方をお前に紹介しようと思っていたところだ。」
そう言って王子は隣にいる娘を見やった。騎士はその娘にも一礼する。
「この方は我が国と今まで敵対関係にあった隣の国の第一王女、エジェリー姫だ。」
騎士は驚いてその王女を見つめた。
どういうことだろうか。何故この前まで牙を剥き出しあって戦っていた王国の姫君が王子の隣で笑っているのか。まだ緊張状態が両国の間に高まっている時期だというのに、なぜ、その国同士の王子と王女が手を取り合っているのか。
「王子様、このお方は?」
鈴のなるような声が響く。その王女のものだった。
「この者は私の専属の騎士でクラウドと申す者です、エジェリー姫。」
「まあ。この国には王子様に専属の騎士というものがつくのですか。」
「ええ、王宮を身体を張って守ってくれる心強い存在です。幼い頃から勉学、剣術などを王族の者と共に習うことを義務付けられています。」
「では、このクラウドさんと王子様はずっと一緒なのですね。」
「生まれた年も同じなので、生まれた時からずっと一緒にいるようなものです。騎士と王子という関係を失くせば、何でも言い合える友のようなものでしょうか。」
「それは素敵。では、私と乳母のような関係ですね。私も乳母になら何でも言えますもの。私のことを親身になって考えてくれたりします。頼り甲斐があって、お父様たちより頼りにしてるくらいですわ。…私の国にもそう言う制度があればいいのですけれど…今度お父様に相談してみますわ。この国にはこんな素晴らしい制度がありますのよって。」
王女が後ろを振り返って微笑む。その先には彼女の乳母らしき初老の女が微笑んでいた。
「クラウドさん、」
名を呼ばれてハッとする。
「はい…姫、」
『姫』という言葉をその娘に使うのは気が引けた。自分にとっての『姫は』アリシアだけだ。なのに、他に適する言葉が無くて仕方なくその言葉で呼ぶ。
「これからも王子様のことをよろしくお願いします。」
「…はい、お任せを。この命に代えてもお守りいたします。」
王子が笑った。久しぶりに見た意気揚々とした笑顔。
「そんな畏まって頼まなくても、クラウドはいつだって守ってくれます。騎士は主君を裏切らない。それに騎士というのはこの役目を生きる意味、生まれてきた意味としているんです。」
「それでも心配ですわ。今の時代、いつ戦争が起こってもおかしくありませんもの。」
「あなたの国と仲違いをしない限り、しばらくは戦争は起きないでしょう。」
「それでも心配です。あなた様は私の夫になられる方ですわ。このまま死んでしまわれたら、私は悲しくて死んでしまいます。」
夫。
その言葉に騎士の瞳が揺れた。この王女は何を言っているのだろう。意味が分からない。話について行けない。動揺で鼓動が早くなり始めた。鼓動が、耳に響く。
騎士は我慢できなくなって声を発した。
「王子、二人だけでお話がしたいのです。」
王子はその灰色の瞳を見やって真剣な顔を向けた。まるでそう言われるのを待っていたというようだ。王子はその王女の手を包んで優しく言った。
「エジェリー姫、私は少しクラウドと話してまいります。」
「では私は乳母と一緒に部屋に戻っていますわ。お二人はお友達ですものね、殿方同士のお話を楽しんできてください。」
「ええ、お気遣いありがとうございます。」
後ろにいた乳母らしき女が王女の隣について、彼らは王宮へと入っていた。中庭に残されたのは王子と騎士だけだった。彼らは何も言わず互いを見やった。
幼い頃からずっと一緒だった。ずっと、どんな時も一緒だった。しかし、こんな複雑な感情で主君を見つめることになろうとは思ってもみなかった。
王子が静かに口を開く。
「…俺たちも中に入ろう。そこで全部話す。」
彼が歩き出す。
何か、重大なことを話されるに違いない。そんな考えがクラウドの中を横切る。
そして主君の歩いた先に彼も足を動かした。