蒼海

□短剣
1ページ/8ページ







小さな子供が母親らしき女の手を握って浜辺を歩いている。



あの母親の顔に見覚えがあった。






死んだ、自分の母。






そしてその隣にいる子供は幼き日の自分。



そんな彼らの背中を、クラウドは虚ろな眼差しで見つめている。



夕日が水平線の上で彼らを照らす。





ここから見える海は昔、よく母と共に見た夕色の海だ。





声が聞こえてくる。懐かしい、母の声。


「クラウド、…あなたの命は王子様のためにあるのよ。」

何度も言い聞かせられた言葉。

「王子様の影となって、…盾となって生きていくの。…それがあなたの生きる意味よ。」

母は悲しそうな眼差しを息子に向ける。息子の黒髪が潮風に揺れた。

「お父さんの跡をしっかり継ぎなさい。」






そうだ、



この記憶は父が死んだ頃だ。母が毎日のように泣いていたのを思い出す。






「うん。僕頑張るよ、母さん。アイリーンに負けても、もう泣かないから。」

息子が母に笑う。






母に心配をかけたくなくて。必死に笑っていたあの頃。





「父さんみたいになるよ。父さんみたいに強くなって、王子様を守るんだ。」

「…そうよ、それがあなたの生まれてきた意味なのよ。」


母が息子の髪を撫でながら後ろに視線を送る。






成長した息子。




遠く、後ろに立っているクラウドを母は見つめていた。








母の視線がこちらを向いて鼓動が早くなる。


悲しそうな視線。胸が苦しくなる。


声をかけたい気持ちに急かされる。









母の口がゆっくりと開いた。


「…騎士という名。」


遠くにいるはずなのに周りに反響してなぜか大きく聞こえる。


「…それがあなたの命の名前よ、クラウド。」








騎士という名が、

命の名前。






母が息子から短剣を受け取り、それを胸に抱く。


それは父の形見の短剣。


父が死んでから母が何よりも大切にし、そして譲ってくれたもの。




ハッとしてクラウドは自分の腰を見やった。




剣が、無い。





いつも肌身離さず持ち歩いていたはずの、騎士の命である2本の剣がない。








母の声がまた砂浜に響き渡る。


「あなたは騎士よ。…何があったとしても、その名を捨ててはいけない。」




母の隣にいた小さな自分の瞳がこちらを向く。




幼い頃の自分。不思議そうにこちらを見つめている。今の自分とは違う、輝いた瞳。




「その名を、決して捨ててはいけない。」


母の声が響く。泣きだしてしまいそうな感情が溢れていく。




「あなたは騎士。たとえその名を否定されたとしても、あなたは騎士で有り続けるべきなの。」






騎士。


それが俺の命の名前。

生きる意味。

この世に生を受けた意味だ。









ソノ名ヲ、

決シテ捨テテハイケナイ










夕日色に染まっていた周りが暗闇に飲み込まれていく。母と幼い自分がどんどん遠ざかっていく。


「待ってくれ…」


彼らに追いつこうと必死に足を動かすのに進まない。前に行けない。そうしている内にどんどん彼らは遠ざかっていく。





クラウドは思わず口を開いた。



―母さん!




なのに声が思った通り出ない。声が周りの闇に飲み込まれてしまう。





母の声が辺りに響く。





アナタハ騎士ヨ








―母さん!!!





母と幼い自分は、闇へと呑み込まれていった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ