薄桜鬼book2

□別の形で出会っていれば
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あの日、貴方を見かけなければ、良かったのに。

寄り道なんかしたから、見かけてしまったんだろう。

もしくは、こんな感情を抱かなかったら、すれ違うだけで終わっていたのに。

だって、まだ瞼を閉じただけで、鮮明に思い出せるの。

かすかに聞こえる声も、顔も、姿も。





 別の形で出会っていれば







彼を見かけて数日後、彼が斎藤 一という人物なのだと知った。
道で見かけると、自然と目で追ってしまい、最終的には、目だけではなく、本当に追いかけた。

ただただ、見守ることだけ出来ればよかった。
幸いなのは毎日見かけないこと。
毎日見かけてしまうと欲張りになってしまう。


なんで私は叶わない恋を追いかけているのだろう。
そろそろ親のために結婚も考えなければいけない年齢なのに。


だけど、したくない。

叶わなくてもいい、斎藤さんを見つめていたい。
見切りも付けられずに結婚なんて考えられない。
寝る前に瞼を閉じると、どうしても脳裏に斎藤さんが浮かび、思わず小さく声に出してしまう。
斎藤さんは私の事なんて知らない。
いや、知っているはずがない。
すれ違っただけ。
すれ違っただけなのに覚えている訳がないのだ。






ある日、突然斎藤さんを見かけなくなった。
風の噂で、京へ新しい隊ができ、斎藤さんは入隊すべく京に向かったと聞いた。
戦が始まるのだろうか……。

見れなくなったのは辛いけど、戦場へ行ってしまわれたのは、もっと辛い。
もし、死んでしまったら?
武士として、戦死出来るのはある意味誇りだ。
だけど、死んでなんて欲しくない。
こんな時でさえ、斎藤さんのことを考えてしまう。
なにも出来ない自分が、情けなくて悔しい。



もしも貴方が今、ひとりなら

私なりに頑張るから、傍に行きたい。

見つめて欲しい。




それから数年後、短髪になっていたが、斎藤さんも見かけた。
嬉しさの次にこみ上げたのは、大きな失望。
隣にいる、綺麗な女の人。
幾度か斎藤さんを見かけたことはあるけれど、一度も見たことない微笑みを、女の人に向け、楽しそうに会話している。
あぁ、あの雰囲気は、夫婦だ。
もう、あの頃の様に人混みが貴方を遠ざける中、必死に姿を見失わないよう追いかけることは、できないのですね。
もし、別の形で出会うことが出来たならばと、何度思ったか。
もし、出会うキッカケが違っていたらと、何度思ったか……。


でも。


これで、見切りがつきました。
斎藤さん、私、明日お見合いをしなければならないんです。
いい加減に両親も真剣に焦ってきたらしいのです。
だから、最後に生き延びて、幸せそうな貴方をみれてよかったです。
貴方が幸せなら、私も、幸せです。
いえ、幸せにならなければいけません。
貴方と出会えて、話すらしたことがないのを、後悔したくはないのです。
だから……よかった。



夕暮れの町が、斎藤さんや、道行く人と、私を包み込んでいく。



「…好きでした。」



この想いを、夕暮れへと囁く。


胸が張り裂けるほどの切なさを、あの日あの時、初めてすれ違った場所で覚えました。










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