薄桜鬼book
□おまえを泣かせていいのは俺だけだ
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屯所域内の生垣近く。
「――――――。」
何かを押し殺したような声に、俺は草むらを退けた。
おまえを泣かせていいのは俺だけだ
「っ誰……?」
振り向いた顔は、涙でぐしゃぐしゃになった女鬼。
………泣いているのか、こんなところに隠れて。
むかりと、胸が疼いたのは……気のせいだろうか。
彼女は咄嗟に驚きの表情をして振り向いたあと、顔を伏せ口を開いた。
「――…さらいに来たんですか。」
「……他用で泣く女鬼を連れていくのはつまらん。」
「…そうですか。」
女鬼の肩が小さく震えている。
髪の隙間から見える頬を伝う滴。
ほのかに湿って見える着物の裾。
「―――…人間共に何かされたか。」
「違います!!!」
突然発せられた絶叫とも言える声に、さすがの俺もたじろいだ。
きっと睨む女鬼の目が、赤く潤んでいる。
そして俺に一瞬視線をあわせたあと、瞳を揺らしながら再び目を伏せた。
「………私の……せいですから。」
「おまえの…?」
「はい。……ここの方々にとって私は、価値の薄い人物だと改めて思い知ったんです。…ただ……それだけですので。」
くだらん。非常にくだらん。
こいつは、そんなことで涙を流すのか。
「だから此処に居ずに、俺に着いてこいと言っただろう。」
「………。」
女鬼は黙ったまま、静かに首を振った。
なぜだか、異様に腹立たしい。
こいつが人間に泣かされた?
俺からはこいつの身を守ろうと必死になるのに。
なのに、それ以外は捨てると言うのか。
腹立たしい。
目の前にいる涙を流す女鬼が腹立たしい。
こいつを泣かした無情な奴等が腹立たしい。
だから。
「―――――。」
目の前の女鬼の顎に手を添え、無理矢理口づけた。
「っ……!?」
俺が身を退いた時の女鬼は、驚きに身を固めていた。
「なん、で……?」
なんで?
そうだ、何故だろうな。
とりあえず、腹立たしかった。
理由は?
……分かっている、分かっているではないか。
俺はもう、答を知っている。
「おまえを泣かせていいのは俺だけだ。」
おまえは、俺を想って泣け。
それが怒りや恐怖からのものでも構わない。
他の奴等のことを想って泣くな。
笑っていればいいのだ。
いつものようにしていれば、俺の胸の疼きも消えるだろうに。