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散りゆく桜の中で、彼女は静かな眼差しをそれに向けていた。
サ ク ラ
何故か気になって、俺は歩み寄った。
「何をしている。」
「あ、斎藤さん。」
彼女はゆっくりと振り返り、悲しそうに微笑んだ。
「どうしたのだ。」
俺がそう訊くと、彼女はまた散り続ける桜に目を向けた。
彼女自身もどこかに散っていきそうで、嫌だった。
そっと、彼女の手を握る。
俺らしくない、と思いながらも、離そうとは思わない。
「……桜は、どうして綺麗に咲けるのでしょうか。」
ふと口を開いた彼女は、そんな言葉を口にした。
意図がつかめず、俺は口を閉ざしたまま、彼女の言葉に耳を傾ける。
「桜は、幾度も春を迎え、綺麗に咲き誇ります。」
散る桜の花弁を、彼女は器用に一枚手に取った。
「そして、それが過ぎれば、このように散ってゆくのです。」
当たり前のことではないのだろうか。
時期が過ぎれば散る。それは花の生涯というもの。
手のひらの桜は風に吹かれ地に落ち、それを見た彼女は目を伏せた。
どこか悲しい雰囲気をまとう今日の彼女は、このかぼそい風にも飛んでいきそうな程もろいように見えた。
「それを知っていながら、どうしてこのように綺麗に咲き誇れるのでしょうか。」
なんとなく、彼女の考えがちらりと見えた気がした。
それは、誰にでも優しい彼女だからこそ考えてしまうのかもしれない。
「私なら、もうすぐで死んでしまうと知りながら、笑顔で過ごそうなんて思えそうにありません。」
「……だからこそ、なのではないか。」
無意識に、俺は言葉を発していた。
このままだと、彼女はどこかへ行ってしまいそうだった。
「だからこそ……?」
「ああ。」
彼女はゆっくりと、こちらに振り向いた。
目を瞬かせ、俺の言葉を待っている。
「桜も、思い出は楽しいものが多い方がよいのではないか?」
「え……?」
「俺は、もうすぐ死んでしまうと知ったなら、その残りの時間を大切に過ごしたい。」
「大切、ですか?」
「ああ。悲しみ狂って過ごすよりも、たとえば……。」
「たとえば……?」
「そうだな……。お前と共に過ごしたい。」
「え……?」
彼女の目元が赤く染まり、桜色の唇が少し開いた。
そして先ほどのように目を伏せ、ちらりと桜を見る。
桜は、散り続けていた。
「私も……。」
彼女がふと口を開き、繋がる手をきゅっと握り返した。
「私も、斎藤さんと過ごしたいです。」
微笑む彼女の顔に、先ほどのようなくもりはなかった。
「きっと、桜もそうなんですね。きっと、その短い時間を、大切に過ごしているんですよね。」
「………ああ。」
俺はそう返事をし、彼女と共に散りゆく桜を見上げた。
来年も、この咲き誇る桜が見られるのだろうか。
そして、その時もお前は俺の横にいてくれるのだろうか。
こうして、俺に笑いかけてくれるのだろうか。
もしそれができなくても、俺は。
お前のことを想おう―――…。