パンドラハーツ
□世界はこれを何と呼ぶ
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パンドラの自室で、レイムはわき目もふらず、ただひたすらに仕事をしていた。…いや、仕事といっても彼自身の仕事ではなく、ほぼ全てが押し付けられた他人の仕事だ。ブレイクはもちろん、バルマ邸に仕えている人間の失敗のカバーや自由人なバルマの仕事。
人から仕事を押し付けられている自覚はあるのだが、ギルバート同様にヘタレと称されるレイムにはどうしても断る事ができず、昼間からずっと部屋に篭りきりで仕事をしているのだ。
「……ふぁ…………はっ!いかんいかん!寝るなレイム!まだ朝だぞ!まだ朝…まだ…………………朝!?」
自分の発した恐ろしい言葉に、レイムは思わずバッと顔を上げて窓を見た。
まだ上がって間もない太陽の黄色の光がカーテン越しに柔らかく部屋に差し込んでいる。
つまり朝だ。
「…ええっと…つまり…今は明日な訳か……そんな納得できるかあぁっ!!」
レイムは混乱する自分を落ち着かせようと、いつもの様に眼鏡をキュッキュッと磨き出した。
「レーーイムーー!!!おーはーよーー!!!」
『わふっ!』
「うわああぁっ!?」
扉が壊れるのではないかというほどの勢いでリリィとバンダースナッチが飛び込んできた。
先日パンドラに赤いローブを着てこないように厳重注意をしたため、リリィは誰か貴族の身内が遊びに来てると思われただろう。…この時間ではパンドラ内を歩いている人はほとんどいなかっただろうけども。
とりあえず、それには安心できたレイムはホッと息を吐いて眼鏡をかけた。
「や、やあ…リリィ。もう少し…丁寧に入ってきてくれるかい…?扉が…。」
レイムは苦笑しながらリリィの背後で開きっぱなしになった扉を丁寧に閉じた。この騒ぎでパンドラの人達が起きてしまったら、とんだ迷惑だ。
「うん!分かったぞ!…あれ、レイム…。」
「ん?どうしたんだい、リリィ。」
何か気になるらしい顔をするリリィと顔の高さが同じになるようにしゃがんでやると、リリィはじっとレイムの顔を見つめてきた。
「…り、リリィ?どうしたんだい?」
何となく居心地の悪さに、そう尋ねた瞬間にパッとリリィの小さな手がレイムの眼鏡を奪った。
あまりの早技…さすがバスカビルの民…と見当違いな事をクエスチョンマークだらけの頭の片隅で考えていると、リリィがレイムの目の下をなぞった。
「あー!!やっぱり!レイム!お前また隈ができてるぞ!!」
「ああ、やっぱりできてたか…。」
「いつもちゃんと寝なくちゃ駄目だって言ってるじゃないか!!!」
リリィがプンプンという効果音がしそうな雰囲気で拳を作った両手をブンブンと振っている間に、近くにあったガラスに映る自分をチラリと見ると確かに立派な隈が目の下で黒々と弧を描いている。
「レイムの目は綺麗なんだから、目の下に隈なんて作っちゃ駄目だ!!レイムなら仕事はいつでもちゃんとできるだろ!だから寝なくちゃ駄目だ!!」
「あ…う、うん、ごめん。」
リリィの相手に言葉を返させない程の怒涛の攻撃にあい、レイムがたじろいでいると扉がノックもなしに再び開いた。
今度は丁寧な開け方だったが。
開いた隙間から見えた、ピョンピョンと髪があちこちに跳び跳ねた白い頭と赤い瞳の持ち主は、リリィを見るとあからさまに眉根にシワを寄せてみせた。
「…ちょっと。なんで朝っぱらからリリィ君がいるんですカ。」
「あ、おはよう!!ブレイク!!今、レイムの目の下の隈を見てる所なんだ!」
「隈?」
ブレイクが眼鏡のないレイムの顔を覗き込み、深々とため息をついた。
「全く…また寝忘れたんですカ?レイムさん。」
「…まあな。」
「全く…レイムさんの目は綺麗なんですから、目の下に隈なんて作っちゃ駄目ですヨ。レイムさんなら仕事なんて趣味なんですから、いつでもしっかりこなせるデショウ!だから夜は寝なくちゃ駄目ですヨ!」
ブレイクの発言に思わずレイムはブッと噴き出した。
「ザクス…っリリィと全く同じこと言っているぞ、お前…っ、ははは!」
リリィとブレイクは互いに顔を見合わせた。
「…二人とも、それだけレイムさんが大事って事ですヨ。はいはい!分かったら寝ましょうネ〜。」
ブレイクはレイムの腕を掴んでズルズルと引きずり、休息用に部屋に置いてあるベッドに無理やり押し込んだ。
「ちょ、ザクス!まだ朝だぞ!」
「もう朝!なんですヨ、レイムさん!」
ぎゃーぎゃーと二人が騒いでいると、パタパタと走ってきたリリィがレイムのいるベッドにスルリと潜り込んだ。
「リリィ?」
「ほら!これで寂しくないだろ!レイム!」
「は、寂しく…?」
レイムとブレイクが顔を見合わせ、首を傾げているとリリィがキラキラとした目を反らすことなくレイムに真っ直ぐに向けた。
「寂しいから寝られないんだろ、レイム!私だってそうだぞ!ロッティやバンダースナッチと寝てるんだ!ほら、ブレイクも来い!」
リリィはギリギリ一人分空いている程のスペースをバスバスと叩いた。
ブレイクは呆れたようにため息をついたが、いつも人をからかう時のようにニヤリと笑った。
「じゃ、どーん!!!」
ブレイクが勢いよく入ってきたせいで、ただでさえ狭いベッドがさらに狭くなった気がする。
「おやすみ!レイム!ブレイク!!」
満足げにリリィはそう言うとレイムの薄く平たい胸に子犬のように顔を擦り寄せて目を閉じた。
「…仕方ないな。仕事は起きたらやるか…。…おやすみ、リリィ。ザクス。」
「…はいはい、おやすみなサイ。レイムさん。リリィ君。」
それから十分もすれば、小さなベッドからは三人分のスヤスヤという規則正しい寝息が聞こえてきた。
こんな幸せな日々が毎日彼らを優しく包んでいる。
明日もまた、幸せな日が来るにちがいない。
だって、世界はこれを日常というのだから。
[後書き]
エミリー番長の部下Fさん!リクエストありがとうございました!!
こいつら完全にファミリーですね!もう住民票をあげてしまえばいい(笑)
ちなみにお気づきのように川の字スタイル!!(笑)
返品、常時受付中です!
リクエストありがとうございました!