狂犬柴犬〜人に成れない俺を愛して〜

□11〜20章
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12章 『ハルとミサゴ 7』





オイラは外の世界に出された。

伴野 羽琉

という人生を生きるために病院を出た。
働く会社はもう決まってる。
鶚の会社の…
慧の会社の系列の一つ。

紗紅と菜遊が、オイラを会社と社員寮に案内してくれるらしい。
慧の姿は無かった。
「とうとう匙を投げたって事だろ?羽琉様」
紗紅が笑いながら言った。
「紗紅…やめなよ」
「菜遊は黙ってろって。俺は今、こんな嬉しい事は無ぇんだから」
紗紅は本当に嬉しそうだ。
「俺は、慧が鶚さんを諦めた風には見えないんだけど」
「ちょ…待てよ。こいつのこんな姿を見ても、菜遊はまだ鶚の奴が、この頭の中に居るって言うのかよ」
「確信は持てないよ。けど…慧があんなに、あっさり手放すなんて、ちょっと信じられないかな…」
「何日も、こいつの不甲斐無い姿を見て諦めたんじゃない?菜遊や柚みたいに、気長に待てる奴でも無いだろ?」
「そうかもしれないけど…」
「こんな傑作な事、無いでしょ。結局、慧は好きな人間を器に入れた所為で、鶚を失ったわけでしょ?自己嫌悪して、悔やめば良い」
俺達は車に乗り込んで、まずは社員寮へと行った。
すでに、オイラの部屋には全てが揃ってた。
“オマエが覚え切れなくても俺が覚えてやるから心配はいらねぇよ”
ミサゴがオイラにだけ聞こえる声で言ってくれた。
“オイラとミサゴ…の部屋”
オイラがミサゴにだけ聞こえる声で言うと
“そ。ここが伴野 羽琉が過ごす部屋。俺達の部屋だ”

オイラが和の元に行くまでの間の、孤独の部屋。

次は会社。
会社に行くと、待ってる人が居た。
「ひ…広輝です。まだ新人で…俺なんかが世話役で良いんですか?」
すると紗紅が言う。
「コイツの為に仕事の出来る社員の手を煩わすなんて馬鹿馬鹿しいから、君を選んだんだよ」
広輝と名乗った、まだ若い社員は唇を噛んだ。
「あの施設から出た時期は似たような日だけど、君の方が外の世界では先輩なんだから、きちんと教えてあげてね。それに、人としては君の方が数倍も優秀だから」
悔しそうにしている広輝に菜遊が声を掛けた。
優しい微笑みに、広輝はやる気を取り戻したみたいだった。
「はい!頑張ります!!」
「秘書課のトップはガキの扱いも美味いんだな」
紗紅が皮肉って言った。
「社長は仕事の鬼ですから、社員のケアをしなければならない私達の身にもなってください」
菜遊はやんわりと反論した。

同じ様な日に入社して、数年後、生き方が違うオイラと広輝との差は大きく開く。

優秀なのはミサゴだけ。
オイラは社会に呑まれていく。
人の感情に溺れていく。

ハルはそれで良い

ミサゴは言う。
空っぽだったオイラの中に知識が詰まっていく度に、失っていく空っぽの感情。

オイラは器のハルだった事を次第に忘れてく。
脳みそのミサゴすら忘れそうになる。

伴野 羽琉

それだけが、俺の全てな気になってくる。

“ミサゴ…オイラは少し怖いんだ”
「何がだよ」
“オイラは居なくなるの?”
「そんな心配すんなよ。俺が居る。忘れそうになっても俺が居てやる」
“オイラ…時々、ミサゴじゃないのに俺って言ってる”
「良いんだよ。ハルが俺って言いたいなら、俺でも良いんだよ」
“何でオイラはオイラって時々、言えなくなるのかな…”
「誰だってそうだよ。僕って言ってみたり、俺って言ってみたり。社会人になると私…なんて言わなきゃいけないときだってあるんだぜ?考えてたら限ねぇよ」
“オイラ…時々、我慢できなくなんだ…寂しいって”
「良いんじゃない?誰だって持つ感情だ」
“どうして?オイラ…寂しいって思ってるオイラが嫌いなんだ”
「それこそ、どうして?だよ」
“…ワーーーーッッ!!ってなんだ。よく分からなくて、ワーーーーッッ!!って叫びたくなんだ…”
「俺も、そんな時期があったよ」
“ミサゴも?”
「若くて我武者羅な時は、そう思ってた。寂しさを埋めるために会社を大きくしてたのかもしれないなぁ。慧に振り向いて欲しくて、俺がスゲェ奴だと思わせたくて、ひたすら我武者羅だったな」
“今は?慧と一緒にいたくて、ワーーーーーッッ!!ってなんねぇの?”
「俺は伴野 羽琉だからな。思わない」
“ミサゴだろ?”
「いいや、俺も伴野 羽琉だ」
“…俺は寂しい”
「ああ、寂しいな」
“愛されたい”
「ハルには、愛されるのはまだ早い」
“愛されたいッッ!!”
「ハルには早い」
“どしてだよ。寂しいッッ!!”
「愛する事も知らない癖に、愛されたいなんて百年早ぇよ」
“誰も認めてくれない”
「仕事をしてるのは俺だからな」
“俺は俺を見て欲しい”
「まだ早ぇよ」
“会社にはあんなに人が居るのに、俺を誰も見てくれない”
「アイツらはクズだからな」
“何で誰も見てくんねぇんだよ”
「羽琉」
“愛されたい”
「しっかりしろ、伴野 羽琉」
“慧が欲しい”
「それは俺の記憶だ」
“慧みたいに愛して欲しい”
「それは俺の想いだ」
“俺はどうして慧を捨てたんだ!”
「俺に呑まれるな」
“慧じゃなくても良い、俺は愛されたい”
「ハルはハルの生きたいように生きれば良い」
“ゥアアアアアアアアアッッ!愛して!愛して!俺が愛せるほどに愛してッッ!!”
「それでも良い。誤ってでも、生きたいように生きれば良い」
“アアアアアアアッッ!!!愛してっ!孤独はもう嫌だ!俺は愛されたいッッ!!」
“ハルが思うなら、それで良い”
「俺は…」
“伴野 羽琉は伴野 羽琉としてしか生きられない”
「オイラは…寂しい?」
“誤っても構わない。俺が手を貸すのは過ちを修正できるギリギリのラインまで落ちた時だけだ”
「仕事…頑張った。でも…誰もオイラを…見てくれない」
“仕事が出来るだけじゃ、人の心は掴めない”
「他に…頑張れる事…ワカンネェ」
“生きたいように生きれば良い”
「オイラ…ワカンネェ」
“出会いはある”
「誰と?」
“誰かと”



オイラは出会う。
無垢な悪魔に。
弥姫に。
身を落とす。
どこまでも。

やっと人になれたと思ったのに、オイラは人から人では無いものに堕とされる。

子供が手にした大人の玩具。
それが弥姫にとってのオイラだった。
そこから和がオイラを救ってくれるまで、オイラは玩具。



オイラは器のハル。
入れ物のハル。



オイラの心を…
俺を愛して。



END
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