狂犬柴犬〜人に成れない俺を愛して〜

□11〜20章
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11章 『ハルとミサゴ 6』





体が痛い。
広輝が私の身体を揺さぶる。
「う…うぅ…痛い…痛いんです」
私が言うと
「ダメだよ。ここではそんな事、寝てる理由にならないんだ。おいで?」
腕を掴まれて、私はそれを振りほどいた。
「触んなッ!」
「あれ?睨んでる?俺の事…嫌い?」
顔の方にゆっくり動いた手。
私は慌てて、それを掴んだ。
「あれ?どうしたの?」
広輝はニコニコと笑顔のまま、私に言う。
「起きます。どこへ行くんですか…」
「和は、俺が好き」
それに答えなければ次へ進めないらしい。

好き?嫌い?

いきなり、こんな酷い目に合わせた広輝なんか嫌いだ。
けど、だけど…
「好きです」
私は答えた。
こう答えなければいけないと教えてくれたのは、実の親だった気がする。
人の意見なんて聞かない。
思い通りの答えを言わなければ…
「今日は午前中は俺達、皆と一緒じゃなくて良いって。ここの案内をしてあげるよ。けっこう広いんだ」
痛む身体に耐えて、私はベッドを降りて着替える。
服を脱げば痣だらけの身体。
「キスマーク、沢山つけちゃってゴメンね?気に入っちゃったからマーキング」
「キスマーク?痣でしょう…」
「違うよ。キスマークって言うんだよ。好きな人にしか付けちゃいけないんだ」
「好きな人にしか?」
「痣はもっと大きいんだよ。拳や脚を打ち付けるんだからね。こんな小さい痕は、ここで吸わなきゃつかない痕でしょ?」
広輝が自分の唇を指差して言った。
「好きだよ。和」
広輝が私の身体に着いたキスマークをなぞる。
涙が出た。
「ッ…何で、私を!?」
何で私なんですか?
どうして私は、こんな目に遭わなければならないんですか?
泣いてる私の後ろから声がする。
ヒソヒソと。
「泣いてるよ?」
「おかしいね」
「広輝に気に入られたのに」
「おかしいね」
「おかしいね」
「広樹に気に入られたのに」
同じ言葉を繰り返し、私には理解できない。
ただ、傷つけられただけなのに。
痣だらけで、こんなに痛いのに…。
「ほら、早く服を着て?案内するから」
私は泣きべそのまま、服を着る。
歩くだけも辛くて、けれど引かれる手のまま、私は広輝の後を着いて行く。
白い壁の続く廊下。
「ここいらは俺達みたいな、外の世界に行ける最終試験を受けられる人間の地区。ここからは教室だよ。色んな事を教えてくれる場所だ」
見ると、そこから学校の教室の様な作りの部屋が並んでいる。
居住区は普通の家のドアみたいだったのに、そこからは横にスライドするドアになっていた。
「和は短い間しか居られないけど、俺と同じ授業が受けられるように頼んでみるから。授業中も一緒に居たいから」
「学年とか違うでしょう?」
「学年?」
「勉強する内容だって…その、違うんじゃ…」
「だって、ここに来る年齢なんて、皆バラバラなんだよ?俺みたいに赤ん坊の頃からいる奴もいれば、和みたいな歳になってから来る奴もいる。それ相応のクラスに入れられるから、歳なんて関係ないよ」
「わ…私はアナタについて行けませんよ!?」
昨夜の様子を見ていたら、昨夜の断片的な話だけでも、私はこの人に着いて行けるなんて毛頭も思わなかった。
「大丈夫。和はどうせ、すぐに出ていくんだから。ちょっとの間ぐらい、俺が守ってやるって」
「守ってやるって…どうやって」
「ん?やってみなきゃ分からないよ。何事も、事が始まってから考える性質なの」
「そ…そんな無理だよッッ!!」
「大丈夫。先生からも生徒からも和を守るだけでしょ?簡単だよ。俺、先生達も怖くないから。だって、弱いんだ、アイツら」
「広輝?」
「俺、絶対にエリートになるんだ。なれる自信もあるし。ハードルは高い方が燃えるんだよ?」
教室の説明も、授業の説明もほとんど無く、無謀な事ばかりを広輝は話して、学校である地区を通り過ぎた。
「ここは歩けるぐらいから、言葉を喋れるぐらいの子が居る場所だよ。覗いてみる?」
「え?」
「ドアを少し開けてあげるから、ほら」
覗いてみると、遊んでいるような…殺し合っているような…。
幼い子供達の異様な風景が目の中に入ってきた。
「ああやって、強い子と弱い子を見るんだ。ああ、弱くても、まだ心配する必要は無いんだ。頭の良い子は博士になれるかもしれないからね」
その部屋のドアを閉めると次の部屋のドアを開けた。
今度の部屋は、幼い子とは思えない程の教育。
私より、この部屋の子供たちの方が、ずっと頭が良いと嫌でも理解できる。
幼い子供達の部屋を見ただけで、もう私は落ちこぼれだと、すり込まれた気分になる。
「和?」
「私…無理です」
「ダメだよ。ここに無理なんて言葉は無いんだ。やらないと…あ、次は赤ちゃんたちが居る場所だよ」
広輝に手を引かれて、私は次の場所へ行く。
そこには赤ん坊が寝ているベッドが沢山並んでいた。
「あれが博士達だよ」
一つのベッドの周りに、数人の白衣を着た人達が居た。
おもむろに、その中の一人が赤ん坊を持ち上げた。
それから…
それから…

私は手で目を覆った。

信じられない光景を目の当たりにして、私は悲鳴を上げそうだった。
「生かしてく価値もなかったんだろうね。でも、大丈夫だよ。あの子はバラバラになって、偉い人達になってくんだ」
「偉い人達に?」
「そうだよ。駄目な子はバラバラになって偉い人の為に自分をあげるぐらいしか出来ないでしょ?」
「だ…だからって…」
「駄目な子は皆、そうなるんだ。最終試験に合格して、外にでなけりゃ、あの子と同じになるんだ」
それから少し歩いて、今度は他の場所より頑丈な扉が目の前に立ちはだかった。
「ここから先は行っちゃダメな所」
「…行っては駄目な場所?」
「うん。ここから先は駄目な子達の場所だから。博士達の遊び場だから、絶対に入っちゃ駄目なんだ」
私は先ほどの、博士の赤ん坊にした仕打ちを思い出して震えた。
「この先はね、俺、強いし頭が良いから知ってるんだ。何も無い場所だって」
「何も…無い場所?」
「うん。勉強も戦う事も教えて貰えない、何も無い場所なんだ。実験の為に生かされるか、バラバラにされる場所だってね。普通の子達には教えない事だから内緒だよ?」
「どうして?」
「自分が駄目な子だって言われて、ここに連れて来られるのが怖くて普通の子達が暴れたら困るんだって。俺なら何人掛ってきても倒しちゃうけど、先生達は面倒くさいんだってさ」
「なら、どうして広輝は教えて貰えたんです?」
「せっかく優秀に育った子供が間違えて、この中に入って博士達の玩具になったら困るでしょ?駄目な子達とは違うんだからさ」
当たり前の様に言うけど…とても怖い事を言ってる。
私は、ここで育っていたら、もう既に、この扉の向こうに居るかもしれないと考えてしまう。
とても怖かった。
「もう一つ、教えてあげる」
「え?」
「この扉の向こうには実験されてる子かバラバラになってる子しか居ない筈なのに、博士達がどうして俺達みたいに選ばれた子供が入ったって認識できないか。玩具にする可能性があるか」
「実験される前の…普通の子も居るからじゃないですか?」
「この中に入ったら、普通で居られないって聞いたよ。中では博士達が駄目な子達の身体で常に遊んでいるんだからね」
「じゃあ…どうしてです?」
「空っぽの身体が居るんだって。その子達はね、5体満足でこの中に居られる、ある意味選ばれた子供たちなんだ」
私は、それだけでは分からなくて、広輝の顔をただ見た。
広輝は続けた。
「普通の子と変わらない姿だけど、言葉や感情は一切教えられないで育てられてるんだって。だけど、仕草は普通の子と一緒らしいんだ」
「言葉や感情を一切教えられない?」
「うん。でも身体はちゃんと動かないと意味が無いから、見た目は普通の子なんだ。どんな風に育ててるかまでは教えて貰えなかったけど」
「その子達は、何の為に育てられてるんですか?言葉や感情を一切教えられない…なんて、人じゃ無いじゃないですか」
「うん。人である必要が無いんだよ。その子達も、けっきょく、バラバラにされる子達と一緒だから」
「…え?」
「偉い人達のスペアなんだ。その子達はね、脳みそ以外の全てを偉い人にあげなきゃいけない子達なんだってさ」
「そんな…」
「だから、ここに入っちゃいけないんだ。近寄る事すらしない方が良いかもね」
そう言うと、広輝は私を抱きしめた。
「ひ…広輝?」
「時間余っちゃった。部屋に帰って、夜した事しよ?暇だから」
「わ…私は…」
「和は俺の事…嫌い?」
問答無用らしい。
私はこう答えるしかない。
「広輝が好き」
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