狂犬柴犬〜人に成れない俺を愛して〜

□41〜50章
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41章 『初めましてサヨウナラ』





「泣き疲れて寝ちゃったんですか?」
カズの声?
カズの声だぁ…。
眩しい…なんでだろ、眩しい。
「かずぅ?ねむい…」
「眠い?」
「ねむい…ねむいってぇ…なんでカズぅ?なんでカズが?」
眩しくて開けられない目。
開けようとしても開かない目。
「嫌な事は忘れちゃう人ですもんね。楽天家で…どうしようもねぇなぁ」
怖い…怖いッ!
急に思って、カズの声が怖くて体が凍る。ビキーンって氷みたいになる。
「んふふ…忘れちゃ嫌ですよ?オウムさん」
オウム?オウムって何?何だっけ?
「オウム?オウム??」
「おや?本当に忘れてるんですか?」
布団から引っ張り出されて苦しい。
痛い…首が痛い…苦しい…!
「思い出すまで…パーが良いですか?グーが良いですか?」
「え?ええ!?何?な…なに!?」
「まあ、昨夜は錯乱してたみたいですからね。本当に覚えてないんですか?それとも忘れたふりをすれば許されるとでも思ってるんですか?」
ジャラッと音がして、鎖が見えた。
俺に繋がってる?俺の方に繋がってる。
首を触る。ベルトだ。ベルトが着いてる。
そうだ…まっくらで…見えなくて、きこえなくて…こわくて…こわくて…。
「こ…ここどこ?どこなの?俺…真っ暗怖かった!怖かったんだよ!?」
抱きつこうとしたら布団に放り投げられた。
放り投げられて背中が痛い。痛くて苦しくなった。苦しかった。
「こわい!こわい!どこなの!?どこにいるの!!おれ…さびしいのいや!さびしいとかひとりいやっ!」
「俺との約束は覚えてないんですか?」
「約束?約束って何?何!?」
「本当に…覚えてないんですか」
カズが溜息を吐いた。
「あんなに教えてやったのに…忘れたのかよッッ!」
バシーン!音がなって痛い。
音がしてホッペが痛い。
「カズ?カズ…何で?何でぇ?ここどこなの!?どこなの!?なんで叩くの!なんで叩いたの!?なんなの?なんだってんだよぉ……ッッ!!」
「俺の事はご主人様って言えって言っただろ?」
「何で?なんで?」
「理由なんかねぇよ!俺はオマエのご主人様で、オマエは俺に従ってれば良いんだよ!」
「う…あ…あぅう…ッッ!」
「俺はオマエのご主人様で、オマエはオウム。オウムはご主人様の教えた通りに喋るもんだろ!」
「アアアアアッッ!痛い…痛いってぇ!どけて…どけてってぇえええ!!」
「ご主人様。言えよ。そうしたら足を退かしてやるよ」
「な…んでぇ?どうしてこんなこと…」
「ご主人様って言えば良いだけだろ!?言えっつってんだよッッ!!」
「ヒッァアアアアアアアアアッッ!!」
「昨日、さんざん教えたのに一夜でこれかよ…先が思いやられんなぁッッ!!」
「ヒぅ……ッッギャアーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
「ご主人様!言え!オウムのくせに、それぐらいも言えないのかよ!」
「カ…カズぅ…カズーーーーーーーッッ!」
「まだそんな抵抗すんのかよ!言え!ご主人様だよ!ったく、とんだオウムだな!」
「な…ぁ…あぅうううううっっ!!」
「ご主人様って言えば楽になるんですよ?何を今更躊躇うんです!?昨夜はあんなに私の事をご主人様って言えてたのに、何で言えなくなってんだよッッ!」
ワカンナイ…ワカンナイッッ!
「踏まないで!踏みつけないでぇッッ!」
「うるせぇッッ!文句垂れてんじゃねぇよ!」
「アーーーーーーーッッ!!」
「何度でも蹴ってやるよ?いくらでもなッッ!!」
「な…んでぇ?俺…俺のこと好きじゃないの?俺…俺のこと好きなんじゃないの?」
「好きですよ?愛してますよ」
「じゃあ何で!?」
「昨日説明しただろ!」
「け…蹴らないでぇッッ!覚えてないの!覚えてないんだって!知らないんだもん!全然知らないんだってぇえええええッッ!!」
「んなわけねぇだろ!」
「イッッ…アゥウッッ!!」
「教えても忘れるなら…理解するまで、ここから出さねぇからな!」
「か…カズ?カズ、どこ行くの?どこ行くのぉッッ!」
「…仕事ですよ。葵ちゃんが居なくても平気ですから…オウムは自分の立場を認識するんだなッッ!!」
「置いていかないでッ!置いてかないでよ!カズ…カズぅ!!」
「私を和と呼び続けてる間は出してなんかあげませんから。覚えとくんだな!」
俺の居る場所から遠い所にあるドア。
繋がれた俺じゃ辿りつけない場所にあるドアからカズが出ていく。
出て行ってしまった。
どうして?なんで?
出してよ!俺も連れてってよ!
「連れてってぇ!連れてってってばぁッッ!連れてってよぉ…連れてってぇ……」
ワカンナイ…何もワカンナイ。
けど…分かる事。
分かる事一つ。
カズは俺にカズをゴシュジンサマって呼ばせたい。
俺はカズをゴシュジンサマって呼ばなきゃイケナイ。

何で?どうして?

飼われる事に理由なんてあったかなぁ?あったっけ?
なんて思って…どうして思ったのか分からなくて…。

大切な記憶があった事すらワカラナイ。
壊れた記憶は戻らない。



きっと俺はどうしても忘れたかった。
魅緑さんに飼われた事。
和に飼われるというこれからに、魅緑さんとの思い出は大切すぎて、同じ事だと思えなかった。
だから、これからを受け入れるために、俺は大切な思い出を守るために奥底にしまってしまった。
和の仕打ちは酷過ぎて、飼うと言った魅緑さんの言葉が汚れるのが嫌だった。

同じじゃないけど、同じ言葉。
それを受け入れられないなら、どちらか一つは捨てなきゃいけない。
魅緑さんの思い出に縋っても、きっと救われない。
魅緑さんとの思い出が幸せすぎて、よけいに悲しくなるよ。
魅緑さんはもう側に居てくれないから、綺麗な思い出が崩れたらもっと悲しいよ。

理解する事は違うと思う事を止める事。
否定する事を諦める事。

俺は…カズをゴシュジンサマって言わなきゃイケナイのかな?
ゴシュジンサマって言えば良いのかな…。

痛いから、それが嫌だから言う…それは魅緑サンとの大切な思い出。
それはもう忘れた。

じゃあ、カズをゴシュジンサマって言わなきゃイケナイ理由は?
外に出たい。
ここから出たい。

出るためにカズをゴシュジンサマって呼ぶ。
そうだ…ゴシュジンサマって呼べば出してくれるんだ。



そうすれば一緒にならないよ?ならないよね。



何と一緒?知らない。
もうワカンナイ。

「ゴシュジンサマ…って言えばカズは、ここから出してくれる」
俺は呟いた。
「ここから出してくれるんだよね?」
誰に言うわけでもなく………涙が出た。



ゴメンね…サヨウナラ…

サヨウナラ…サヨウナラ……

俺はそん時、初めてサヨナラって言葉に会った。
サヨウナラってこういう時に使うんだね。

初めまして、サヨウナラ。

俺…理解した。理解したよ?
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