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□重ねた唇に意味はなく(蟻妹蟻喰)
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苦しみからだろうか、痛みからだろうか。顔を歪め、泣きじゃくる彼に気付かないふりをしてさりげなく爪を立ててみる。彼の首に食い込む私の10本の指が、彼の呼吸の邪魔をする。

「ねえアリクイさん。痛い?苦しい?」
「ぐぁ…う、」
「何言ってるのか分かんないよ?ちゃんと私に伝わるように話して」

そう言って彼のほっぺたを叩いてみた。アリクイさんの綺麗な頬は見るからに痛々しく、腫れ上っていた。

「けほっ…けほっ、」
「ありゃ」

いつの間にか私の手はアリクイさんの首を解放してしまっていた。いけない、

「逃げられたら嫌だもん。苦しいけど、我慢してね?」

再び彼の首を指で絡める。たらりと口の端からだらしなく垂れる唾液は妙に色っぽくて、自然と口元が綻んだ。

「ねえ、アリクイさん」
「…っ…」
「アリクイさんが私だけを見てくれれば…愛してくれれば、解放してあげてもいいよ」
「な、にバカ…なこと…」
「…へえ、嫌なんだ」

そこで承知されても困るんだけどね。だって、殺されたくないばかりに従う男って最低じゃない。だけどそれと同時に自分を拒まれたことが無性に悲しかったのも事実で―、

(…何考えてるの、私)

「…じゃあね、アリクイさん」

怯えた表情でこちらを身構えるアリクイさんに振り上げたナイフを思い切り突き刺し、無防備な唇にキスをした。重なった唇からは鉄の味が広がり、ぐったりとした彼がこれ以上動くことはなかった。



(ただどうしようもなく、涙が溢れた)

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