茨と鏡と虚無の世界 第一部

□第一話 始
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*SIDE:鏡夜*


 夢を見て、目を覚ました。
 俺が死んでいく夢。

 死ぬ間際、俺は目の前にいる誰かに向かって手を伸ばしている。目の前にいる誰かは、俺に向かって手を伸ばしているけれど、お互いの手が繋がる前に俺の身体は灰になり、虚しく消えていく。
 そんな、悲しい夢。

 その夢は始めてみる夢ではない。
 今回で、見るのは四回目だ。なぜこんなに何回も同じ夢を見るのだろうか。それが俺には不思議でたまらなくて、酷くもどかしい。
 俺は眠っていた布団から出て、寝巻きからいつも着ている黒い着物に着替えた。

 俺の名前は四穏鏡夜。職業は、死神。


 人は死ぬと、尸魂界(ソウル・ソサエティ)という死後の世界にやって来る。死者をその尸魂界に連れていくのが、死神の仕事だ。

 死神は護廷十三隊という十三個の組織で構成される尸魂界の治安を守ったりする役目を持つ集団に入っていて、俺はその護廷十三隊の内の十番隊に所属している。階級はそれぞれの隊の頂点にいる隊長、その隊長を補佐する副隊長の次に偉い第三席。

 俺は自分の寝室から出て、十番隊の隊舎を歩いていた。爽やかな朝日が射し込む隊舎を歩くのは毎日の俺の日課だ。独特の静けさが漂う朝の隊舎は、歩いていると気が引き締まって、一日を乗り切ろうという気になる。


「あ、鏡夜! おっはよーぅ!」

 俺の背後から明るい女の人の声が聞こえた。その声のした方に振り向く。
 その女の人の名前は松本乱菊。十番隊の副隊長で、俺の上司だ。

「お早うございます、副たいちょ――もがっ!?」
 俺は近づいてきた副隊長に両の頬をその手で摘ままれて、挨拶を終える事が出来なかった。
「もう。相変わらずあんたは堅いのねぇ。せめて乱菊さん、とか呼んでくれてもいいんじゃない?」
 副隊長は子供のような拗ねた表情で言った。……意識しているのかしていないのか、その豊満な胸を俺に見せつけながら。
「ひ……ひひゃひひぇひゅ、ひゅひゅひゃひひょう!(い……痛いです、副隊長!)」
 頬を副隊長に摘ままれたまま俺は副隊長に抗議をした。
「副隊長、じゃなくて、乱菊さん。乱菊でもいいわよ?」
 そう言って副隊長は俺の頬から手を離す。そんな時だった。

「朝から隊舎が騒がしいと思ったら……お前らか」

 低い少年の声が俺の耳に届いた。声の方に目を向けるとそこには、隊長専用の羽織を着た少年が立っていた。

「全く。松本はともかくお前もか四穏。一体朝から何やってるんだ」
 その少年が眉間に皺を寄せて、ため息をつきながら言った。
 少年の名前は日番谷冬獅郎。十番隊隊長で、天才児と言われている人。
 俺は……少し苦手だ。

 日番谷隊長はもう一度俺と副隊長を一瞥してから深くため息をついた。
「隊長、朝からそんなにため息ばっかりついてると幸せ逃げちゃいますよー?」
 朗らかな声で副隊長が言う。
「誰が俺にため息をつかせてるんだ、誰が」
 隊長が、更に眉間に寄せた皺を深くさせた。まだ少年であるからか隊長の身長は女性である副隊長よりもはるかに小さい。けれど、威圧感はあった。雰囲気だけでも俺ならすくみ上がってしまうが、慣れているのか副隊長はまったく動じていない。

「……まぁ、俺は四穏に用事があったんだ、丁度いい」
 突然隊長の口から俺の名前が出て、思わず驚いてしまった。
「え……俺、ですか?」
 俺は隊長に聞き返す。
「そうだ。お前に、ある任務を与えようと思っていてな」
「任務……?」
「そうだ、任務だ。詳しいことは隊長室で話す。松本、お前も来い。お前には処理してもらわなければいけない書類があるんだ」
 隊長の言葉に、副隊長の顔に焦りが見え始めた。
「……あ〜、隊長。あたしちょっとどうしても外せない用事思い出しちゃってぇ……」
 副隊長は猫なで声で隊長に言った。
「言い訳は聞かん。今日という今日は許さんぞ」
 隊長は低い声でそう副隊長に告げた。
「……じゃ、あとはよろしくね鏡夜!」
 爽やかな笑顔で副隊長はそう言うと、瞬く間にその場から走り去ってしまった。

「おい、待て松本!」
 隊長は罵声を上げて副隊長を追いかけようとしたが、時既に遅し。副隊長の姿はあっという間に見えなくなっていた。
「……仕方がないな……。今はお前に任務の話をするのが最優先だ。来い、四穏」

 隊長はため息をつきながらそう言って、俺を隊舎の中にある隊長室に連れて行った。


 隊長室に着くと、隊長は部屋にある自分の椅子に座った。椅子の前にある机には隊長の姿が見えなくなってしまうほど書類が高く積み上げられている。

「……それ、副隊長の分ですか?」
「……そうだ。今日という今日はやってもらう気でいたが仕方ない。また後であいつを探す」
 隊長は書類を見て深くため息をついた。

 その後、隊長が真剣な面持ちで四穏、と俺の名を呼んだ。
 俺は静かに返事を返し、隊長を見る。


「お前に与える任務。それは……現世への一ヶ月の駐在任務だ」


 隊長は凛とした声でそう俺に告げた。
「現世への……駐在任務?」
 俺は隊長の言葉を再び復唱する。

「そうだ。簡単に言えば、現世にお前が一ヶ月滞在して、現世に現れる虚(ホロウ)を倒してくればいいだけの任務だ」
 出来るな? と隊長は俺に視線で尋ねた。

「あぁそうだ、忘れていた。この任務はお前一人で実行するわけではない。十三番隊の死神と、二人で実行してもらう」
 隊長はそう付け加えた。
「十三番隊の死神? それって誰ですか?」
 隊長に尋ねる。

「名前は朽木ルキア。六番隊隊長、朽木白哉の妹……といえば分かるか?」
 隊長はそう答えた。

 朽木ルキア。その名前には聞き覚えがある。さっき隊長も言ったように、その朽木ルキアは護廷十三隊の内の六番隊の隊長、朽木白哉隊長の妹であると何度か耳にしたことがある。直接会った事はないけれど、ごく普通の隊員でありながら席官クラスの実力を持つ凄腕の女性死神であるという話は聞いた事があった。

「出発は今日の午後だ。今からでも朽木ルキアと顔合わせをしてきた方がいい」
 俺はその隊長の助言に従う事にして、「分かりました」と返事をしてから隊長室を去り、十三番隊の隊舎に向かった。


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