茨と鏡と虚無の世界 第一部

□第五話 魂
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*SIDE:鏡夜*


 茶渡くんのインコをめぐる事件が起こった次の日の朝。俺は空座町の外れにある「浦原商店」という店にやって来ていた。まだ開店前だったが、店の外で箒を使って野球をしていた店員である少年、花刈ジン太と少女、紬屋雨に声をかければ多少渋られたが、何とか店内に入れた。

「おやジン太、雨。まだ開店前ですよ」
 店内の整理をしていた筋肉質でお下げ髪の店員――名前は確か握菱鉄裁だ――が、ジン太と雨に言った。
「だって仕方ねぇだろ!? こいつがどうしても中に入れろって言うから」
 ジン太が後ろにいた俺を指差す。
「止めなよジン太くん、そう言う言い方……」
 俺の後ろにいた雨が控え目に声をかけた。
「……おぉ! あなたは確か、四穏殿と申されましたな?」
 鉄裁さんが俺を見た。
「あなたと一緒にいた……朽木殿はご一緒していないのですか?」
「あぁ。義骸が上手く動かないらしくてな……今は休んでいる」
 そう。朽木が今使っている義骸は余り上手く動かないらしく、動かすのも億劫だと言っていた。
「成る程。それでは、店長をお呼びしますか?」
 鉄裁さんの問いに小さく頷く。
「分かりました。それでは早速店長を起こしに――」
 鉄裁さんが店の奥に向かおうとしたその時だった。

「残念でした。もうアタシは起きてますよ」

 軽やかな青年の声が店の奥から聞こえてきた。そして目深に帽子を被り、甚平を着て杖と扇子を携帯した金髪の青年が姿を現した。

「いらっしゃいませ、四穏サン。今日は何をお求めですか?」
 青年は小首を傾げて俺に声をかけた。この青年こそがこの「浦原商店」の店長、浦原喜助さんだ。

 この浦原商店は表向きには普通の駄菓子屋だが、本当は現世にやって来た死神に義骸の貸し出しや義魂丸の配給などを行っている店だ。
 俺と朽木は現世に来て、一華や一護と出会ってからこの浦原商店へ向かい、自分用の義骸と義魂丸を手に入れた。

 俺は浦原さんに買いたい商品を告げる。
「……記換神機のスペア燃料一本、それから内魄固定剤(ソーマフィクサー)を六十本、と……」
 浦原さんが電卓を取り出して小計を出していた。
「余計なお節介スけど、固定剤って使いすぎると身体に毒っスよ? 義骸とあんまり同調しすぎると、抜ける時えれーツラいっスから」
 浦原さんが心配するように俺に言ってきた。内魄固定剤とは、義骸と魂魄の連結を強める為の薬である。
「使うのは俺ではなく朽木です。最近あいつは義骸との連結が鈍くなっているらしくて……。今日も身体を動かすのが辛いと言っていたので、置いてきました」
「なるほど。よければ検査しましょっか? お安くしときますよン」
 軽い口調で浦原さんが聞いた。浦原さんには悪いが丁重に断らせてもらった……どれだけ金を取られるか、分かったものじゃない。
「……あ、注文しておいたモノは届いていますか?」
「あぁ! 届いてるっスよ!」
 俺が聞くと浦原さんは頷いてから店の中にいた雨を呼んだ。
「ウールル! あれ、持ってきて」
 浦原さんが言うと雨は控えめに頷き、店の奥に消えていった。

 しばらくして雨が義魂丸の入ったあの細長いケースを持ってきた。アヒルの顔がついているタイプで、俺の持っている義魂丸と同じタイプのものだった。
「ありがとうございます」
 俺は雨から義魂丸の入ったケースを受け取った。
「あ、四穏サン。支払い」
 急に冷めた声で浦原さんが俺に言った。
「あぁ……では、カードで」
 俺の予想していた金額よりもはるかに金額が上回っていたのは何かの陰謀なんだろうか。

 支払いを終えた後、浦原さんの周囲から何かの香りが漂っている事に気づいた。
 この香り……どこかで嗅いだような……。

「……金木犀のお香ですか?」
「おや、よくわかりましたねェ」
 取り敢えず言うと、浦原さんは感心したように僅かに目を見開いた。
「好きなんですか? 金木犀」
 尋ねると、浦原さんは持っていた扇子を顎に当て、顔を伏せてしまった。
 ……何か不味い事を聞いてしまっただろうか……。
「……昔、ある人に言われた事があるんスよ。"君は金木犀みたいだ"って。それから……何か妙に金木犀が気になるようになっちゃって……」
 顔を上げてそう話してくれた浦原さんの声音は、今まで聞いたことの無いような優しくて暖かくて……どこか悲しげで、今にも泣きそうなものだった。
「……あの人も、アナタのように気づいてくれたらいいんですけどね」
「? 何の話だ?」
「いーえ! ほら、ボーっとしてないで早く朽木さんに届けてあげたらどうっスか?」
 浦原さんはそう言って笑い、いつもの声音で俺に言ってきた。


 実に爽やかな笑みを浮かべた浦原さんに見送られ、俺は浦原商店から出た。
「四穏殿!」
 すると、浦原商店の少し離れた所にいた朽木が俺を見つけて声をかけてきた。
「朽木! 身体は平気か?」
「はい……心配をかけて申し訳ありません」
 深く朽木が頭を下げた。
「気にするな。内魄固定剤、買って来たぞ」
 俺は朽木に内魄固定剤を渡した。
「ありがとうございます」
 朽木が礼を言って内魄固定剤を受け取る。
「では、まず一華のところに向かおうか」
「そうですね」
 俺が朽木に言うと、朽木が小さく頷いて俺と共に学校へ向かった。

 ……ところで朽木は思いきり私服を着ている――恐らく一華の物だ――が、あのまま学校に入っていいのだろうか。


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