秘める恋
□秘める想い
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朝起きて支度を済ます。家を出ると、何軒か隣のいとこの家に向かう。長年染み付いた習慣だ。
「兄さん」
扉を開けて言う。すると、扉を開けた先にあるリビングの戸が開いた。
「唯人、おはよう」
唯人の従兄である僚が顔を出した。僚のハスキーボイスは昔から聞き慣れた物で耳に心地よい。名前を呼ばれただけで、幸せになれるほど。
「うん、おはよう」
「もうちょっと待ってろ」
僚はそう言って、リビングに姿を消した。
綺麗な黒髪に端整な顔立ち。頭が良くて性格も良く、誰からも好かれる人。程よい体格は遠くから見ても分かり、格好良いというより綺麗な容姿をしている印象。
僚は唯人の昔からの憧れの人で、恋愛感情込みで、好きな人。
「あら、唯人くん。いつもゴメンね」
僚と入れ違いに、僚の母親であり唯人の母の姉である紗季が出てきた。
「紗季さん。別に良いよ、俺は」
それくらいしか、俺だけの特別はないから。
「唯人、お待たせ」
「ううん、大丈夫。じゃあね紗季さん。いってきます」
「いってらっしゃい」
「行こう、兄さん」
さりげなく、唯人は僚の手を掴む。心の中では、飛び出しそうなほど心臓が鳴っているのを必死に隠して。
「今日はさ、亜弥さんいないの?」
唯人が手を離したのはすぐだった。そして、尋ねた。
「講義を休むらしい」
「…そっか」
高二の唯人より四つ年上の僚は大学生だ。そして、亜弥は僚と同じ大学に通っている、美人な彼女。
「亜弥に会えなくて、寂しい?」
亜弥がいなくて良かったと、密かに安心していた唯人に僚は聞いてきた。
「なんで?」
そんなわけないのに、どうしてそんな事を思うのだろう。僚は質問で返した。
「だって、亜弥とあまり目を合わさないこと多いから」
「それは、女の人に慣れてなくて緊張するから」
こういう時、男子校に通っていて良かったと思う。良い言い訳になるから。
本当は、こんなに美人な人が彼女なのだと自覚したくないだけ。これ以上、叶わない想いなのだと思い知りたくない。