秘める恋

□戻せない想い
2ページ/9ページ


唯人は苦笑いしながら、遠慮がちに誘いを断る。それでも誘いをかけてくる人がいて、本当に達也を誘わなかった事を後悔した。

「誰か探してるの?」

「待ち合わせ?」

問われる質問に、なんとか答えようと必死になる。

その姿が、ますます人を集めることになっているが、唯人は知らない。

「人を、探してるんです」

人を引き連れて歩く事が出来ず、唯人は立ち止まって僚を探す。

僚には行くことを伝えていない。案内すると言い出すのが目に見えていたから。絶対、僚と一緒だと注目を浴びる。それは流石に嫌だった。

それに、また亜弥に何か言われそうな気がした。

「人?家族?友達?」

誰が質問してるのか分からない。でも、唯人は律儀に答える。

「従兄なんです」

「従兄?名前は?」

「名前は……あっ」

唯人が言おうとしたその時、人の群れから僅かに僚の姿が見えた。

「…?あの人?」

唯人の反応に気付いて、周りにいた女の人達が視線を追った。

「「「あ〜、僚先輩」」」

口々に、僚の名前が出た。

そして、違う人の名前も聞こえた。

「「亜弥さんと美男美女のカップルよね」」

「ほら、隣にいるあの人。やっぱり亜弥さん綺麗よね〜」

「…」

やっぱり、来たくなかった。

そこにいるのは、正に美男美女のカップルの僚と亜弥。仲良く腕を組んで歩いている。

唯人は、その二人から視線を外した。

「どうかしたの?もしかして従兄弟って僚先輩のこと?」

「…いえ、その」

言えない。

だって、あの中に入りたくない。二人の空間に入りたくない。

その時、亜弥が僚に何かを耳打ちした。僚はそれを聞いて苦笑いしている。

そして……。

「ぁ…」

小さな歓声が上がった。みんな、あの二人を見ていたらしい。それは、唯人も例外ではなくて…。

だから、見てしまった。





僚が、亜弥にキスした所。



「見た?さっきの」

「見た見た!仲良いー」

「ラブラブだよね」


周りから聞こえる声は、僚には聞こえない。ただ、脳裏に浮かぶ一瞬の映像だけが離れない。

僚が亜弥の首に手を回して、触れ合うだけのキス。微笑みあう二人の絵。


もう、無理だった。


もう、平気な顔して僚に会いにいけない。

だって、なんて声をかければ良い?見て見ぬフリをする?それとも、堂々と見たことにする?

どちらも、出来ない。

苦しい。息が出来ないのかと思うほど、苦しい。

「どうかしたの?」

心配してくれる人の声。声のした方を見た。

「知り合いだったの?」

「…」

ひたすら、首を横に振る。

「大丈夫?」

「…ちょっと気分が、悪いだけ、です」

「平気?良かったら、送るよ?」

清楚な服装をした女の人。本当に心配してくれている表情は、悪い人には見えなかった。

「…近くまで、良いですか?」

唯人は、弱々しく笑う。

「うん、良いよ」




唯人がそうして女の人に支えられて帰る所を、亜弥が見ていたことは誰も気付かなかった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ