読み切り小説

□APRIL SWEET
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スケジュールの確認で手帳を見ていて、ふと、明日がエイプリルフールであることに気がついた。


『エイプリルフール』

『嘘をついてもいい日』


そう言えば去年も一昨年も、進藤には実にくだらない嘘をつかれてからかわれた。

去年は、進藤の院生仲間の本田さんの件で、
「本田さんって実はオカマで、今まで夜はオカマバーでバイトをしてたんだけど、それが棋院にバレて困ったことになってるんだ。塔矢の方から事務局や偉いさん達に上手く執り成してもらいたいんだけど…」
と真面目に相談された。

一昨年は、進藤の母方の家系にアメリカ人がいて、先祖返りの遺伝のせいで、こんな茶髪と金髪の混色になったのだ、というデタラメな家庭の事情をえんえん聞かされた。

ある意味、馬鹿馬鹿しすぎて悪意がない、進藤らしい『嘘』だと思う。
話を聞いている途中で、「あ、今日はエイプリルフールだから嘘をついてるんだな」と、すぐに分かったし。

毎年僕ばかり進藤のくだらない『嘘』を聞かされているから。
明日は僕が『嘘』をついてみよう。
例年の進藤みたいに、
『馬鹿馬鹿しくて』
『すぐに嘘だとバレる嘘』




エイプリルフールの朝。
今日は僕が朝食を作る当番の日だったけど、僕は台所には行かず、リビングのソファにのんびり座っていた。
僕は今日はオフの日だが、進藤は午後から指導碁の仕事があるからもうすぐ起きてくる頃だ。
「おはよう〜、…あれ?、朝ごはんは?」
寝室から出てきた進藤は、何も置かれていないダイニングテーブルを見てきょとんとしている。
「…気分が悪くて作れないんだ…」
「え?、風邪かよ?」
「…ううん」
僕はゆっくり首を横にふり、静かに進藤を見上げた。

「実はね…『つわり』なんだよ…」

「………ん?」
「昨日病院で言われたんだ。僕は君の子供を妊娠しているらしい…」
「………」
進藤がポカーンとした顔をしているので、僕は心の中では大笑い。
笑いをこらえる為に唇を一文字に結び、一生懸命進藤を睨みつけた。

「君の子供だよ?、喜んでくれるだろう…?」
自分の声が震えているのが分かる。勿論吹き出しそうになるのをこらえる為に震えてるんだけど。
「…塔矢…おまえ…」
さあ、進藤もエイプリルフールに気付いただろう。
今からネタばらしして二人で大笑いして、それからゆっくり朝ご飯を食べよう。
なのに、笑ってくれるだろうと思っていた予想に反して、進藤の両目からはぶわあっと大粒の涙がこぼれたのだ。
そのまま凄い勢いで駆け寄ってきた進藤は、僕の身体をがっしりと抱きしめた。
「嬉しいー!! ありがとう、ありがとう、塔矢!!」
「………」
「俺、いつかはこんな日が来るって信じてた!! たとえ男同士でも、俺達こんなに愛しあってるんだもん!! いつか奇跡がおきて、俺達の愛の結晶が生まれる筈だって!!」

痛い程に抱きしめてくる進藤の腕。
…なにか雲行きが怪しいような気がしてきた…。

「朝御飯の支度どころか、これからは家事は全部俺がやる!! お前は無理せずに身体を大事にしてくれ。…もう、お前一人の身体じゃないんだから…」
その後も進藤は、嬉しい、ありがとう、愛してる、の3つの言葉を繰り返して、僕にキスの雨を降らせ続けた。


いそいそとキッチンで朝食の支度をしている進藤の背中を見ながら、これはどういうことなんだろう?、と僕は考えていた。
カレンダーを確認しても今日は間違いなくエイプリルフールだ。
なのに進藤は、僕の嘘に気付いてない…?
いやいや、こんな馬鹿馬鹿しい嘘を進藤が信じる筈がない。
ならば進藤は、僕の嘘に気付いた上で、『嘘を信じている』ふりをしているのだろう。
(そうか…それならこちらもこの状況を利用してやろう)
洗濯物もたまっているし、いい天気だから布団も干したい。掃除も全部、なにもかも進藤にしてもらえばいい。
「塔矢、気分大丈夫か?朝ご飯食べられるか?」
「うん、大丈夫…」
ダイニングテーブルを見ると、ごはんと味噌汁と焼き魚、いつもの朝食に加えて、薄い色のジュースが置かれていた。
「これなに?」
「グレープフルーツジュース。つわりの時は酸っぱいものが欲しくなるって聞いたことあったから、塔矢も喜ぶかな、と思って…」

なかなか手がこんでいる。
ここまでやるか、進藤?
でも僕も負けてはいられない。

「気を使ってくれてありがとう進藤。…ついでに申し訳ないんだけど…洗濯をお願いできないかな?つわりが辛くてできそうにないんだよ…」
「勿論俺がやるよ。掃除もするし…今日はいい天気だから布団も干してやるからな!!」




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