読み切り小説

□secret mission
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最初のきっかけは、とても些細なことだった。

「お前って本当に色っぽくて可愛い」
「お前のその大きくて真っ黒な目で見つめられたら、俺はお前のただの奴隷になっちゃうから(笑)」
二人きりで恋人の時間を過ごしている時(たいてい進藤のマンションか僕の家)、進藤はそんな台詞を何度も繰り返した。

勿論、進藤が半分以上冗談で言ってることは分かっている。
でも、可愛いとか、色っぽいとか、そんな形容は女性に対して贈られるべきなのに。
男の僕に対して失礼じゃないのか?…と不愉快になることもあった。

でも、もしも僕が、進藤の言葉通り、進藤にとっての『可愛い』や『色っぽい』容姿をしていて、そのおかげで進藤が僕を好きになってくれたのだとしたら…。

僕は自分の容姿に感謝しなければならない。
ずっと片思いだと思っていた進藤とこうして恋人になれたのだから。

進藤の『可愛い』や『色っぽい』という言葉にも素直に頷かなければならないのかも知れない。
それが男としての僕のプライドを少々傷つけるものであったとしても。



「上目づかいにその真っ黒な目で見られるとゾクゾクする」
これを言われた時は少しカチンとなった。
進藤に身長をすっかり追い越されて、立ってキスする時、進藤に少し屈んでもらわないとキスに届かなくなったことを少し気にしていた僕は、進藤より背が低いことを馬鹿にされたような気がして悔しくなった。

けれど進藤も悪気があって言っているのではない。
実際、進藤は本当に僕を愛してくれていて、大切にしてくれている。
彼の過剰な賞賛の言葉は、二人が恋人の時間を過ごす時の、彼なりの演出のつもりなのだろう。

そう。
半分以上は冗談で。
過剰な演出の言葉。

本気で真に受けたりはしない。






その日はお互いの仕事を終えた後、夕食を一緒に食べようと約束していた。
待ち合わせの駅で予定通り落ち合い、どこで夕食を食べるか、という話になった。
「ラーメンがいい!!この近くに美味いラーメン屋があるからラーメン行こうぜー!!」
…まただ。
二人で外食する時、いつも進藤はラーメンを希望する。
僕が、お蕎麦や和食や、あっさりしたものが食べたいと希望しても、5回のうち4回は進藤に押し切られてしまう。
僕もラーメンは嫌いじゃないけど、油っこい物はしょっちゅう食べたい方じゃない。
なのにいつも、進藤に連れられてラーメン屋に行く羽目に…。


ふいに、その時。
突然、思いついた。
『実験』してみようと。


進藤の言う、
『その大きくて黒い瞳にじっと見つめられたら、俺はお前の奴隷になる』
これが真実なのかどうか確かめさせていただこう、と。


僕はまず俯いて地面を見た。
それから少し時間を置いて、ゆっくりと顔を持ち上げた。
「この近所に…美味しいお蕎麦屋さんがあって…」
目の奥に力を込めて、進藤をじっと見つめる。
進藤の頬がかあっと赤くなってゆく。
「あそこのお蕎麦なら、君もきっと、美味しい、って言ってくれるんじゃないかと思って…」
目の奥に力を込めすぎて、少し視界が緩んできた。
はたから見ていると『涙目』というものになっているのかもしれない。
僕は一度目を閉じて、少し俯いて。
たっぷり時間を置いてから、もう一度進藤の顔を見つめた。
「君と一緒に…食べに行きたかったんだ…」
それだけ言ってまた俯いた僕は、少し歩を進めて進藤に近付き、進藤の胸に手を当てた。
往来の真ん中でここまで接触するのは僕の本意ではないが、これは『実験』なのだ。通行人に多少は奇異の目で見られるが致し方ない。
「と…塔矢…?」
「…でも、君がどうしてもラーメンが食べたいなら…」
もう一度進藤の目を見て、キスをねだる時の自分を思い返しながら、頑張ってその時の表情を作ってみる。
「君と一緒にラーメン屋さんに行くよ…?」
「………」
「君と二人の食事なら…、僕はどんなものでも美味しく食べられるから…」
目を閉じて、俯いて。
駄目押しとばかりに、こつんと、進藤の胸に額を当てた。




その後、いきなり進藤は、
「蕎麦がいい!! 俺も蕎麦が食べたい!! 塔矢のオススメの店に連れてって!!」
と言い出した。

僕は内心ほくそ笑みながら、目当ての蕎麦屋に進藤を案内した。
途中、進藤が手を繋いでこようとしたので、
「まだ駄目だよ。お蕎麦を食べた帰り道、もう少し遅い時間になったら、裏道で手を繋ごうね」
と、子供に諭すように優しく言ってやったら、顔を真っ赤にして、せっかくのハンサムが台無しなくらいに顔をくちゃくちゃにして照れ笑いをした。



恋人同士になって一年。
今更ながらに僕が発見した事実は、
『進藤はチョロい』ということ。



つづく。


この話のアキラ、今は可愛いけど、だんだん怖いキャラになる予定です(笑)
 

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