キセキノウタ
□第8話:入部!そして始動
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「……で?」
漸く唯が、入部を取り消して貰うために部室を訪れた事を告げると、律達はあの手この手で唯を引き止めに掛かった。
その間、健は恭弥の手によってぶら下がっている、人間サンドバッグに目をやりながら尋ねる。
「……どストライクなんだよ、秋山さんが……。だからアイツの事だ。落とす為には手段を選ばないだろうな……。当然軽音部に入部するつもりだろうし……」
「……マジかよ……」
恭弥が以前言っていたナンパ野郎が彼だったとは。そしてその彼が、澪に一目惚れしたとは……。
その事実を突きつけられ、健は頭を抱えた。
「……多分お前とりっちゃんじゃ、奴の暴走は止めらんねェだろうから、不本意ながら奴のストッパーとして入部する……いや、させて貰うよ……」
「……すまん、頼むよ……」
ゲンナリしている恭弥の肩に手を置いて、健は頭を下げた。
健とて入部したのは良いが、やはり男1人は辛いモノがあるのか。
男子部員は欲しかったが、自分が望んだ形ではない事に、健はいたたまれない思いで一杯だった。
それは律も同じ事。
「そういや平沢さんも、アイツのあしらい方を心得ているんだな……」
「あのバカと同じクラスだ。1ヶ月も関わってたら、あしらい方も心得てる」
「ナルホド……」
「つかアレ、逆効果じゃね?」
頬杖をつきながら恭弥と健は、引き止め作戦を実行中の律達を眺めていた。
「あのっ、ホントにごめんなさいっ!私が何も考えずに、軽い気持ちで入部届を書いたからぁ……っ」
とうとう泣き出してしまったのだ。
これには流石の律達もバツが悪くなり、無理矢理引き止める真似をして済まなかった、と謝った。
「じ、じゃあさっ!せめて演奏だけでも聞いてってくれないか?」
「えっ? 演奏してくれるのっ!?」
「(って、食いついたーっ!?)」
その場にいた全員(サンドバッグ除く)の叫びが一致した瞬間。
「ほら、たけぽんも準備しろよ!恭も聞いてけ!」
そう言って律達はスタンバイを始め、唯と恭弥はソファーに腰を下ろした。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
律のカウントで始まった曲目は『翼をください』。
合唱曲の定番でもある名曲だ。
「(……へぇ!?)」
決して上手いとは言えない。けれども4人の表情はとても楽しそうで。
不覚にも恭弥は一緒に演奏している自分の姿を想像した。
「(……うん、やってみたいかも……。いいや、やりたい……!)」
ジャーン……。
と余韻を残して、演奏が終わった。
「うわぁ……!」
唯は立ち上がり、拍手を送る。それに倣うかの様に恭弥も拍手を送った。
……「パチパチパチ!」と言う声は無視の方向で。
「ど、どうだった……?」
「あのっ、上手く言葉に出来ないんですけど……っ」
「うんうんっ」
初めて他人の前で演奏したのだ。律達の期待感は高まるのも当たり前で。
だが。
「なんていうか……あんまり上手くないですねっ!」
「(バッサリだーっ!?)」
恐るべし、天然。
「でもとても楽しそうで……。わたし決めました!やっぱり入部します!」
「…………は!?」
「へっ!?」
「ほ、ホントに……?」
「はいっ!」
澪と律、そして健の3人は、頬を抓りあった挙げ句
「っしゃあっ!」
と叫んだ。
「りっちゃん、入部届あるか?」
「えっ? まさか恭も……?」
「入部理由は全く違ったけど、平沢さんの言う様に楽しいって気持ちが伝わってきたからな。キーボードなら少し経験があるから」
「……やったあっ!廃「俺も゛入部ざぜでぐれ゛ーっ!」へっ?」
潰れた様な声に辺りを見渡すと、サンドバッグが微かに揺れていた。
「……律、アレは澪目当てらしい。どっちにしろ、澪に目を付けたんだ。なりふり構わずアタックしてくる可能性があるが、恭弥と協力してなんとか阻止するから……」
「……仕方ないな……」
「スマン、りっちゃん……」
こうして一挙に3人の新入部員を獲得し、廃部を免れた軽音部だが、先行き不安な船出となったのだった……。
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