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□春の夜明け
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猿飛は静かに服を整え、ベットから降りる。俺は何もできないまま、それを黙って見ていた。

薄闇の中で続く沈黙。

「私、帰るわ。」

猿飛はこちらを振り向かずに小さな声で告げると襖を開けた。

「猿、俺は…」
考える間もなく、声をかけていた。

行って欲しくない。離れたくない。
ただそれだけの思いで、あんなことをした後だというのに、俺は猿飛を引き留めようとしているのだと気づき、自分の浅ましさに言葉を失う。

口に出せない俺の浅ましい感情に気付いたのかどうかは分からないが、猿飛は振り返ることなく黙って出て行った。

*****

眠れるはずもなく、俺はコンビニへと来ていた。

ジャンプを手に取り、立ち読みを始めるが、内容は頭に入ってこない。
機械的にページをめくる。

「ちょっと、そこどいてもらえる?ジャンプ買いてーんだけど、そこにおにーさんがいると取れねーのよ。」

忘れもしない、気だるげな声に俺は思わず振り返っていた。


*****

「ふーん、青春まっただ中って訳ですか。おじさんにとっちゃうらやましい話だねぇ。」

「あんた俺の話ちゃんと聞いてた!?猿飛が本当にあんたに迫ったのかって聞いてんだよ!」

俺と銀八は24時間営業のファミレスに来ていた。
銀八にちょっと話がしたいといったところ、野郎からの相談はいちごパフェ一人前だとかぬかしやがった。
俺んち、金あるから別にいーけど。
そのパフェ2個目じゃねえ?
一人前ってふつー、一個じゃねえ?

白髪天パのジャージに身を包んだ教師は、すさまじい勢いでパフェを食いながら、つまらなそうに言う。
「迫られた、つーか、俺はいつもストーキングはされてるけどね。それはお前も知ってるだろ?それ以上のことを知りたいわけ?」

「猿飛があんたに体で迫ったって…」

「一応、俺も教師の端くれだからね、そんなことされたって元教え子に手を出したりはしませんよ。」
その声はいつも通り気だるげだが、真実なのは分かった。
はっきり俺に教えないのは猿飛への配慮なんだろう。

でも…

「あんたが教師で猿飛が教え子じゃなかったら…あんたは手ぇ出すのかよ?」
大真面目な俺の問いに一瞬固まって銀八は困ったように笑った。

「なんで笑う?」

「なんでって言われてもなぁ…」
そののんびりとした口調に俺は思わず声を上げた。

「だって、猿飛はあんたのことだけずっと見てるし、料理だってできるし、優しいし、美人だし、ちょっと変態だけど女らしいし…で、あんた独身なんだろ?彼女もいねーんだろ?どうして駄目なんだよ?」

銀八がスプーンをテーブルに置くと先ほどまでとは打って変わって静かに言った。
「そうか。それがお前の猿飛に対する評価ってわけか。」

「ちがっ…」
心を見透かされて、かあっと顔に血が上る音が聞こえる気がした。

銀八は気にするなという風に首を横に振った。

「俺も猿飛はストーカーという犯罪行為を除けばとてもいい子だと思ってるよ。
だけどな…服部、人間として好きなのと恋愛感情ってのは別だろ?」

「猿飛に恋愛感情は抱けないってことなのか?」

「まぁ…そうだな、俺は…昔、色々あってな…大切な人たちが死んじまった…だからってわけじゃねぇけど…猿飛に限らず、他の誰に対しても…一定以上の感情はむけられない。」
こんな話は聞いたことがなかった。いつもならすらすらと言葉を並べ立てるくせに一言一言引っかかったとげを引き抜くように話す銀八からはあのいつものひょうひょうとした雰囲気が消えて、暗い闇が周りを囲んでいるようだった。


しがない国語教師でしかない男のはずが、ひどく遠くに感じた。
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