secret

□perfume
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まただ…

妙はぎゅっと近藤の隊服を握りしめた。
しわになってしまう気がしたがもう構わないと投げやりな気持ちで思う。
近藤がくしゃくしゃの隊服に気づいて…いつもと違う自分に気づいて…自分の思いに気づいてくれたら…という微かな期待が一瞬頭をよぎる。

いつからだろう?
近藤の服から知らない香水の香りがするようになったのは

いつからだろう?
近藤に思い切って尋ねることも近藤の全てを信じることも出来ない中途半端な人間になってしまったのは

妙の頬をつうっと一筋の涙が伝った。


*****

近藤の手にジワリと汗がにじむ。
しかし、相手に少しでも気取られてはいけない。

「ねぇ、お兄さん? もうそろそろ抱いてくれてもいいんじゃない?」
きつい香水の匂い。派手な化粧。大きく開いた襟元からのぞく豊満な胸。

女は厳しめに見ても美人だと大抵の男は言うだろう。

だが、近藤の琴線にはぴくりとも触れない。
しかし、本心を見せてはいけない。

深い息を吐く。心に無理やり鎧を着せる。

女の目を見る。トシの声がよみがえる。女を騙すときはな、目を見て、思い切り臭いことを言え。なりきるんだよ。女が思い描いている理想の男ってやつに。
「俺はな、体じゃなくてお前さんの心が欲しいんだ。お前の心が俺だけのものにならなけりゃ抱かないって決めているんだ。」

女の頬が赤く染まる。

だが近藤の気持ちは揺れない。ただ、ひたすら任務遂行のことだけを考えていた。
もうすぐだ。もうすぐこの女が落ちる。
そして俺はこの女が持つ機密情報を手に入れる。
そうすればこの任務から解放される。
妙に全てを話すことが出来る。
罪悪感から解放されて…妙を、抱ける。

この任務が始まってから、近藤は妙に触れていなかった。
妙まで汚してしまう気がして怖かったのだ。

*****

近藤が帰ると、夜遅くだと言うのに妙は起きていた。

いつでも、この人は待っていてくれるんだ。

近藤はほっとした気持ちになる。
あと少しだ。あと少し。

「おかえりなさい。」
妙がほほ笑む。それだけで近藤は全てを忘れて幸せな気持ちになれる。

「ただいま…ってお妙さん、どうしたんですか!?その目!」
妙の目元が赤い。
まるで…泣いていたみたいだ。
近藤の心が一気にざわつく。

「なんでもありません。気にしないでください。」
妙が近藤から逃げるように顔をそむける。

「何でもないってお妙さん!何があったんですか!?」
近藤が妙の腕をつかみ、妙の顔を覗き込む。

近藤の目は本気で妙を心配していた。まるで近藤のほうが泣きそうだ。

この人が裏切るなんて…ある訳ない…!
妙の心に近藤への気持ちが湧き上がる。しかし、今日も近藤からはあの匂いがする。
どうして?
どうして?

「泣いて…たんですか?」
唇をかんでうつむく妙に近藤は胸が張り裂けそうな思いにとらわれる。
思わず、細い体を抱き寄せた。

妙は近藤の顔を殴って抵抗する。しかし、その拳にいつものような力はない。
彼女の中の迷いが拳にも表れていた。
近藤は構わず抱きしめる。
「何かあったなら、言ってください。」
妙の抵抗がとまる。

どうして?どうしてこの人はこんなことを言うの?
妙は限界だった。
知らない女の匂いをつけて、どうして私を抱くの?
言うまいと思っていた。
武士の妻として決して無様な振る舞いはしないと思っていた。

しかし、もう自分の気持ちを抑えることが出来なかった。

「…勲さん、私はあなたを信じていいの?」
まるで迷子の子供のような声だった。

近藤は瞬間、全てを悟った。
お妙さんは俺があの女と会っていることを知っているんだ。
だが、言えなかった。
この作戦には隊員全員の命がかかっていた。

妙に全てを打ち明けたかった。
これほど、もどかしいと、思ったことはなかった。

「お妙さん、俺は…俺にとってお妙さんは生涯ただ一人の女です。今はまだ言えませんが、お妙さんが心配するような事は絶対にありません。俺を…信じて下さい。」
抱きしめる腕に力を込める。
これで、伝わればいいのに。
近藤は心臓がよじれるような心の痛みを感じながらそう思う。
俺のお妙さんを思う気持ちが伝わればいいのに。


「勲さん…」
妙が消え入りそうな声で名前を呼ぶ。

近藤は恐る恐る妙の顔を見る。
妙は今にも涙が零れ落ちそうな顔をしている。

「本当に、信じていいんですね。」
潤んだ瞳にざわりと近藤の胸が熱くなる。

こんなどうしようもない自分を妙は信じようとしてくれるのだ。

「はい。信じてください。」
近藤は妙の瞳を見つめる。
伝わってほしい。こんなにも思いを伝えたかったことはない。
これは嘘の視線じゃないんだ。
あの女にしたのとは違うんだ。
お妙さん!!!

近藤は泣きそうな顔をしていた。
しかし、その目はまっすぐだった。妙に好きだと言ったあの目と変わらなかった。
ああ、私はこの人を信じることしか出来ない。
だって、私はこの人を愛している。

「じゃあ、信じます。」
妙が不器用に笑う。
不安も何もかも押し込めて、近藤を信じようとしてくれている。
その笑顔は何よりも美しかった。
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