secret

□shyness barrier
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「いやっ!」
近藤が闇の中で妙に伸ばした手はあっさりと振り払われる。
近藤の胸の中に、じり、と焦げるような思いが湧きあがる。

これで何度目だろう。
近藤はむなしく空を切ったこぶしを握り締める。
爪が手のひらに食い込み、鈍い痛みを感じる。

「どうしてですか? お妙さん。
 俺、何か悪いことしましたか?」
努めて穏やかに、優しく微笑んで尋ねる。
醜い欲望などさらしたくはない。
やっと一緒になれた。やっと夫婦になれた。
この人が嫌がることなどしたくはない。
花のように大切に守りたい。
自分の醜い欲望など満たされなくてもかまわない。
近藤はそう思っている、しかし、泣きたくなるような感情が日に日に近藤の理性を削っているのも事実だ。

「別に、勲さんが悪いわけじゃありません。
したくないだけです。」
妙はくるりと近藤に背を向ける。

妙を引き寄せようとする近藤の腕もするりとくぐり抜けて、妙は寝たふりをする。
近藤は、ははと力なく笑って妙に「おやすみ」と告げると、目を閉じた。



近藤と妙は、近藤の猛烈なアプローチに妙が根負けした形で、二月ほど前に祝言を挙げた。
しかし、近藤が妙を抱くことができたのは祝言を挙げてから二週間の間だけだった。
それからは色々な理由をつけて、はっきり言えば誤魔化されて、妙に避けられている。
愛されていないとは思わない。
実際、昼間の妙は至極優しい。殴られるのは日常茶飯事だが、それだって以前よりもずっと回数が減った。
朝は卵焼き(相変わらずダークマターであるが)を作ってくれるし、夜は近藤を笑顔で迎えてくれる。休みの日には二人で買い物に出かけたり、縁側でのんびり晩酌をしたりする。
だが、妙は近藤に抱かれるのを嫌がっている。
はっきりとした理由もいってくれはしない。
妙に何故だと聞きたい。
だが、答えを聞くのも怖い。
愛されているとは思うが、問い詰めて離縁など切り出されたらと思うと、ぞっとする。
やっと手に入れた愛する人を離したくない。
そんなどす黒い独占欲が近藤の心をがらんじめにしている。

近藤が悶々としていると、隣からかわいらしい寝息が聞こえてきた。
障子からほのかに入って来る月明かりに照らされた妙の寝顔は穏やかだった。
その美しさに近藤は改めて見とれる。
自然に頬が緩む。

こうやって隣で毎日寝顔を見られるだけでも幸せだなぁ。
俺は本当、世界一の幸せ者だ。

先ほどまでの暗い気持ちはいつの間にか薄れていた。
近藤は寝ている妙の頬にそっと口づけた。
「愛しています。お妙さん。」


********

近藤と土方は居酒屋で飲んでいた。
屯所で着替えて飲みに出たのだろう。
二人とも、着流し姿だった。
珍しく、近藤から土方を誘った。
妙と結婚してからは、近藤は自分から飲みに行くことはなかった。


「ふーん、で?」
土方が近藤に容赦なく言い放つ。


「で?ってトシ、ひどくない?
俺はお妙さんが隣にいるだけで幸せなの!
それ以上は望まないっていう話だよ!」
近藤がわたわたと答える。
長年ともに過ごしてきた土方には無理に陽気に振舞っているのがはっきりと分かる。

土方がふーっと白煙を天井に向けて吐きだし、真顔で問う。
「抱けもしないのに?
本当にそれでいいと思ってるのか?近藤さん。」
この話をしているのが近藤以外であったなら、土方は真面目に取り合わなかったであろう。
しかし、局長の話なのだ。
己が命を預けている男の話は真面目に聞かねばなるまい。
それに、このことで気が散って、近藤に怪我でもされたら、たまったものではない。

近藤の顔が曇る。

「近藤さん、あんただって本当はこのままじゃダメなことは分かってんだろ?」
土方はさらに追い打ちをかける。
このくらい後押しせねば、近藤は動くまい。
妙のことに関しては、近藤は慎重になりすぎる。

「…そうだな。トシの言うとおりだ。
分かってる。
でも、離縁でも切り出されたらと思うと怖くて…はは、情けねぇなぁ…。
嫌われたくないんだよ。
 もう、嫌われてるかもしれねぇが。
 やっぱり俺みたいなおっさんとなんて嫌だったのかもな…」
近藤はぐいぐいと酒をあおる。
だが、全く酔えていないのは明らかだった.
その目は暗く沈んでいる。

「あの女が、そんな中途半端な気持ちで結婚するとは思えないけどな。
きっとなにか、近藤さんが考えているのとは別の原因があるんだろうぜ。
一度、腹割って話してみろよ。もう夫婦になったんだから。」
土方は静かに言う。
妙の近藤を見る顔を見れば、近藤にべた惚れなのは明らかだった。
今の妙には近藤しか見えていないはずだ。
なぜ、それで嫌がるのか、土方にも釈然としない。
だが、大人びてはいるが、今まで男を全く知らなかったまだ二十歳にもならない娘だ。
急変した生活への戸惑いもあるのだろう。
おそらく今回の原因もそんなところではないかと土方は思う。



近藤は、そうだな、と小さく呟いて、まあ今夜は飲もうと土方に笑った。
逃げ出したくなる夜もある。
土方にもその気持ちは分かった。
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