頂き物
□【社恋】日向師匠からの贈り物〜白鷺涼真〜
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誕生日を楽しみにするなど子供の頃までだと思ってましたが――…
年齢を重ねると生まれた日などただの《通過点》としか思えず、ましてや誕生日を祝うなどという気も起きなかった。
ましてや他人の誕生日を祝ったりする事も1度だってなかった。
しかし――…
(…何故こうも落ち着かないのでしょうね…)
偶然聞いた会話で知った貴女の生まれた日。
貴女が生まれなければ私は《愛》を知る事も、こうして共に過ごせる《幸福》を得る事はなかった。
《特別》で《大事》な貴女だから何かをしたい――…
自然とそう思うようになって気が付けばここに来ていました。
「…貴女に喜んで戴ければ良いのですが…」
―――――――――
月曜日。
いつもと変わらない平日。
ただ少し違うのは今日は特別な日だという事。
「…海ちゃん、今日誕生日なんだって?」
「…はい…。私、言いましたっけ?」
「…今日誕生日なんですか?!おめでとうございます!!」
桜澤先輩の言葉を皮切りにお祝いの言葉を次々に掛けられ、嬉しいのと同時に少し悲しくもあって――…
それは――…
「…あれ、課長…今日残業ですか?」
「…ええ。今日中に終わらせてしまおうと思いまして…」
昼間、メールで残業すると告げられて――…
ここ最近涼真さんは休日返上して仕事をしている。
忙しいのは承知の上で一緒に過ごせないか聞いてみたものの、見事玉砕して――…
(…もしかしたら過ごせるんじゃないかと思ったけど…無理なら仕方ないか…)
「…課長、何か手伝う事は――…」
「…ありません。貴女はもう帰りなさい。…それとこれは会議に出される資料です。目を通しておきなさい」
資料を渡されると頁の間に付箋が貼られているのに気付く。
そこには一言だけ――…
『…家で待っていて下さい』
その言葉に思わず涼真さんを見るが、そこから何の感情も読み取れなくて――…
ここで迂闊な事は聞けないよね…。
「…資料、ありがとうございます」
「…休み明けまでに覚えておいて下さい。確か明日は有休を取っていましたよね?」
「…あれ?明日休みなんですか?」
「…うん、ちょっと用事があって…」
とは言え、実際は有休が溜まっているので消化する為だったり…。
そんな事は言えなくて曖昧に誤魔化すと桜澤先輩が――…
「…もしかして彼氏と何処かへ行くの?」
「…え?!そ、そんな事…」
「…慌てて否定する所が怪しいな」
「…創先輩、急に出て来ないで下さい!……失礼します」
鞄を手にして立ち上がるとそのまま部署をあとにする。
ホテルへ向かう途中、携帯の着信を告げる音が鳴り、開くと涼真さんからメールがあり――…
『…鍵は郵便受けに置いてあります。それで中に入って待ってて下さい。もう少しで終わりますので』
涼真さんらしい簡潔した内容。
だがメールはそこで終わっていなくて、スクロールしていくと、ある言葉が――…
『…愛しています。早く終わらせて貴女に逢いたい』
冷静な表情の下に隠されたストレートな言葉。
直接言われた訳ではないのだけれど、心臓は高く跳ねて――…
火照った頬を冷まそうとするも中々熱さは引かなくて――…
(…絶対変な顔してる…)
涼真さんと過ごせる嬉しさとメールの言葉に頬の緩みは止まらなくて――…
そんな私を運転手さんは不思議そうに見ながら――…
「…お客さん、そろそろ行き先言ってくれませんか?」
「…あ、すみません」
行き先を告げるとタクシーは動き出し、目的地へと向かった――…
◇◆◇◆◇◆◇◆
涼真さんの部屋で待つ間、テレビを見たりしていたが、やはり時間が気になり、どうしても落ち着かない。
「…涼真さん、早く来ないかな…」
ソファに座りながら待っていると扉をノックする音が聞こえ、確認すると逢いたいと思っていた人が居て――…
扉を開けると同時に彼の腕に飛び込むと、彼は驚きながらも優しく受け止めてくれて――…
「…逢いたかった…」
「…私もです。先程逢ったばかりなのに恋しいと思う自分が居て…。最近逢う時間が作れなくて申し訳ありません」
「…謝らないで下さい。涼真さんも忙しいですし…」
「…しかし貴女に不自由な思いをさせているのは事実ですから…明日はゆっくりしようと思いまして…」
「…ゆっくりって平日ですよ?もしかして…」
「…有休が溜まっていたのですが、仕事が中々片付きそうにありませんでしたので…だから今日の為に休日返上してまで仕事をしていたのです。……全ては貴女と一緒に過ごす為に…」
「…涼真さん…」
「…もっとも今日残業する事になるとは思ってませんでしたが…。
……海」
涼真さんは懐に手を入れ、取り出すとそれを私に握らせる。
開くと丁寧に包装された包みがあって――…
「…開けて下さい。いつも頑張ってる海へ私からのご褒美です」
包みを剥がし、箱を開けるとそこには照明を受け、きらきらと輝く指輪があって、涼真さんはそれを手に取ると薬指に少しずつ嵌めていく――…
「…どうして…これを?」
「…この前家に来た時貴女が物欲しそうに雑誌を見ていたので…。女性に物など贈った事がなかったので喜んで戴けるか不安でしたが…」
「…あの…本当に良いんですか?」
「…ええ。先程も言いましたが、貴女へのご褒美と…それと…誕生日プレゼントです」
「…誕生日…覚えててくれたんですね」
「…当たり前です。貴女の生まれた特別な日ですから」
涼真さんは私の手に自分のそれを重ねると柔らかく微笑む。
眼差しは甘く、穏やかで――…
見つめられる度に鼓動はドクンと脈打つ。
「…貴女とどうしても過ごしたかった。《特別》な日を貴女と共に…。誕生日は年齢を重ねる為でしかありませんでしたが、貴女となら誕生日だけでなくどんな日も《特別》だと思える。貴女が生まれなければその事にきっと気付かなかったでしょう」
「…涼真さん…」
「…ありがとう。貴女の存在に私はいつも救われている。支えているつもりが支えられていて、励ますつもりが励まされていて…。貴女の頑張る姿は私にいつも力を与えてくれている」
涼真さんは言葉の意味を噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡いでいく――…
紡がれる1つ1つの言葉は心を優しさで満たしていき――…
涙がじわりと滲み、零れ落ちそうになるも、それを涼真さんは丁寧に拭ってくれて――…
「…泣かないで下さい。貴女を泣かせたくて言った訳ではないのですが…」
「…ち、違っ…その…涼真さんの言葉が…嬉しくて…」
私の言葉に涼真さんは穏やかに微笑(わら)い――…
「…貴女が嬉しくなるのなら幾らでも言ってあげますよ。但し、2人きりの時ですが…」
涼真さんは頬を両手で包むとそのまま口唇を重ね合わせる。
そっと離すと慈愛に満ちた表情で――…
「…愛しています。これからも私の傍に居て下さい」
涼真さんの温かな言葉に私は笑顔で頷く。
すると私につられるように涼真さんも優しい表情で――…
「…ずっと、共に…。海、愛しています。一生…永遠に…」
そして再び涼真さんの顔が近付き…口唇が重なる。
それは永久(とわ)に紡がれる《想い》のしるしとして――…
「…海、愛しています。…これからも…永遠に…」
――終わり――