牙狼

□腕― かいな―
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居待ち月が淡く部屋を照らし、少し肌寒いのか

鋼牙の腕の中にすっぽりと収まるようにしてい

たカオルはベッドで傍にいた愛しい恋人に話し

かける。

「寝付けないのか?」

「仕事がこの頃立て込んでるでしょ?そのせい

かも」

「なら、台所にいってはちみつ入りホットミル

クでも作ってきてやる」

「大丈夫、今はいいから」

カオルは無愛想なのは出会った時から変わらな

いが、本来は意外に熱い男でやさしかったりす

る鋼牙に嬉しくなりながらその瞳を見る。

「今はいいから、鋼牙なんか話して」

「なんだいきなり...それなら今宵の名月にち

なんで月の神話をはなしてやる」

鋼牙は少し考えると、静かに語りだした。

「昔、インドに、うさぎときつねとさるがい

た。三匹はいつも仲良く暮らしていたが、いつ

も話し合っていたことは、「私たちは前世の行

いが悪かったため、今はこんな獣の姿になって

いるのだ。せめて今からでも世のため人のため

善根を施して、何かの役にたとうではないか」

ということだった。

それを帝釈天がお聞きになって、「なかなか感

心な獣たちだ。せっかくだから、いいことをさ

せてやろう」と考え、一人のよぼよぼの老人に

身をやつして、三匹の獣の前に姿をあらわし

た。獣たちは大はりきり、これで老人のお世話

をして、善行ができるとよろこんだ。さっそく

さるは、木に登って木の実や果物を集めて持っ

てくる。

きつねは野山を走りまわって、魚介の類を採っ

てくる。ところがうさぎは、これといって特技

もないので、なにも持ってこれない。思いあま

ってうさぎは、老人の目の前で焚火をたいて

もらい、「私は何も持ってくることができない

ので、せめて私の身を焼いて、私の肉を召し

上がって下さい」そういって、自ら火の中に飛

びこんで黒こげになってしまった。これを見

た老人は、たちまち帝釈天の姿に戻って、三匹

の獣にむかっておっしゃった。「お前たち

三匹は、とても感心なものたちだ。きっとこの

次に生まれ変わってきた時には、りっぱな人間

として生まれてこれるようにしてやろう。特に

うさぎの心がけは立派なものだ。

お前の黒こげの姿は、永久に月の中置いてや

ることにしよう」 こうして、月の表面には、

黒くこげたうさぎの姿が残されることになっ

た」

という話だ。

「ふ― ん、そんな神話があるんだ。鋼牙がそ

んな話するなんてすごく意外」

「そうか...カオルもう眠ったほうがいい、明

日も早いんだろ?」

「うん...」

カオルは目を閉じると、鋼牙の胸に引き寄せら

れたのが分かった。腕を背中に回されその暖か

さにいつのまにか眠りに落ちていた。

「おやすみ」

鋼牙は寝息をたてているカオルの額に口付けを

すると小さく呟いた。

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