Intangible proof
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9.
英国とは言え、最近では飲み物の主流はコーヒーへと移り変わっている。若者の間では特に如実であると言えるだろう。
「だめよ。」
そんなロンドン市内のとあるカフェ。
実を言えばコーヒー派なハリーと頑なに紅茶派なハーマイオニーは、久々のちゃんとした再会にも関わらず重たい雰囲気を漂わせていた。
「絶対だめ。」
「頼むよハーマイオニー、君にしか頼めないんだ。」
「だめなものはだめ。
大体理由も話してくれないのに、そんなことできるわけないでしょ。」
「それは全部終わったら話すから…」
「だめ。」
「………。」
昔の彼女だったら、だめと言いつつも手を貸してくれたのに。そんなことを言ったら怒るんだろうな、と的確な想像を頭に描いたハリーはそれをコーヒーで洗い流した。
「そもそも家は歯科医だから、ハリーが求めてるような物は無いわ。それに私じゃ扱えないもの。」
「………。」
あぁでも、ロンがここにいたらアイツは言っちゃうんだろうな。それでまた僕がとばっちりを食らうんだろうな。ハリーはそれもコーヒーと一緒に飲み下す。
「…ねぇハリー、あなたが何かに関わっているのは予想が付くわ。それは危ないことじゃないでしょうね?」
「え、いや…危なくは無かったよ。」
「危ないことが“あった”のね?」
「……少しだけ、少しだよ?」
「そう。」
ハーマイオニーは澄ました声でそう答えると涼しい顔で紅茶を飲み始めた。ハリーには目も合わせずカップの中身に専念している。
逆に何も言ってこないのが恐ろしい。
「………」
空になったカップの底に何か書いてでもあるのだろうか、彼女はそこをじっと見つめて、飲み込んだ溜め息の代わりに少々過剰な音を立ててそれをテーブルに置いた。
「この前ロンが言ってたわ、ハリーは今度の闇払い入局試験も見送るのかなって。どうするの?」
「…まだ決めてない。」
「ねぇハリー、そろそろ前に進まなきゃ。いつまでも過去ばかり見てちゃだめよ。」
「うん解ってるよ。これが終わったら…」
「…終わったら、ちゃんと前を向いて歩いていけるの?」
「……その筈だ。」
あなたが心配なのよ?
顔を逸らすハリーの視線を追いかけるように覗き込みハーマイオニーはそう訴えた。
しかし彼はそれを誤魔化すように笑い返すだけで、あぁその遣り口は相変わらずズルイなと彼女は懐かしい悔しさに唇を噛んだ。
「…ごめん、そろそろ戻らなきゃ。」
「あれ、産休は取ってないの?」
「まだ大丈夫よ。たぶんジニーのお腹の子とぎりぎり同学年だわ、よろしくね。」
「こっちこそ、よろしくしてもらうのはきっと家の子だ。」
そしてハリーは代金をテーブルに置いていこうとするハーマイオニーにやんわりとそれを断った。コーヒーを一気に喉に流し込み彼女に続いて席を立つ。
「…ハーマイオニー、また家に遊びに来てよ。ジニーも喜ぶ。」
「そうね、いつかロンと一緒に。」
「じゃあ、また。」
「えぇ、それじゃ…。」
2人揃って店を出ると、目の前にある信号が丁度切り替わったところだった。ハーマイオニーはもう一度短く別れを告げて通りの向こうへ渡っていく。
颯爽と歩くその姿は昔ジニーと見た映画のワンシーンのようだった。
…まぁとにかく。学校に戻るには人気の無い所を探さなければならない。気持ちを切り替えるにはもう少し時間がかかりそうだが、戻ってナナコと解決策を練り直しだ。
「ハリー!」
別れた筈の彼女の声に、ハリーは反射的に振り返った。
通りの向こうに居る筈のハーマイオニーが、なぜかハリーの後ろに立っていた。
信号が切り替わり、車の往来が戻る。
「心から欲しいと願えば、それはきっと必ず手にすることができるわ。」
「……?」
「そう、あなたが本当に“必要”としているなら。そうでしょ?」
「――!!」
その言わんとする事にようやく気付いたハリーに彼女は眉を潜めて微笑むと、
「…頑張ってねハリー。」
クルリと踵を反して雑踏の中へあっさりと消えていった。
昔の彼女は、だめと言いつつも手を貸してくれた。
そう彼女の優しさは昔と変わらない。いや変わってないのは相変わらず面倒をかける自分の方なのか。
ハリーはもう見えなくなった背中に向かって有り難うと呟いた。