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□家まで1マイル
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父は待っている。



あの場所で、僕を待っている。
















「なあ、今年も家に来るだろ?」


「もちろんだよアル、行くよ。」



ほぼ毎晩10時になると、僕らは多目的講義室前の廊下にこっそりと集合する。集まり始めたのは僕が3年生の中ごろからで、それぞれ悪知恵を持て余し始めた頃だ。



「リリーが楽しみにしてるんだ。…言ったこと内緒だぞ、あいつ直ぐ怒るから。」


「解ってるさ、言うわけ無いだろ。」


「兄さんの部屋空いたからもらったんだ。今年は楽しいぞ、部屋2つだ。」


「…そうか、オーストリアだっけ。ジェームスが居なくて寂しいだろ。」


「はっ! 清々したね! いつも嫌なことばっかりしてくる。」


「相変わらず反りが悪いな。」



去年まで3人で賑やかだったこの集会も、1年前からは僕ら2人。それでも十分楽しいけれど、盛り上げ役が居ないのはやっぱり寂しかった。勿論アルにはそんなこと言わないし、どうやら僕の性格はそう言う事が表に出にくいらしい。
リリーも呼べば良いのにと言うと、曰くこれは男の集会なんだそうだ。
 
彼ら兄弟3人とは幼いときからの友達で、幼馴染みと言えば良いだろうか。
特に1つ上のアルとは歳も近いからか気が合って、暇さえあればよく肩を並べている。



「そろそろ寮に戻ろう。母さんに見付かったら面倒だ、直ぐ父さんに言うから。」


「―で、君の父さんから僕の父さんに筒抜けなんだよな。じゃあ明日は列車で待ち合わせよう。」


「あぁ。高慢な獅子によろしく。」


「そっちこそ、腰抜けの蛇によろしく。」



お決まりの挨拶もしばらくは交わせない。そう、明日からホグワーツは夏期休暇に入り、僕らは家に帰るのだ。










 家まで1マイル










父は待っている。

あの場所で、僕を待っている。

…でも次は、待っていない気がする。



今夜はどうも寝付けない。ベッドに深く潜っても、心がザワザワと落ち着かない。
まぁ明日からは夏休みなわけだし、何の支障もないのだけれど。






そう、夏休みと言えば前にこんなことがあった。

あれは確か9才か10才の夏だったろうか。今では毎年恒例となったポッター家での宿泊の、その何度目かの日の事だ。
あの日はおじさんが川辺へキャンプに連れていってくれて、バーベキューだったりテントだったりが珍しかった僕はとても興奮していた。

昼食も終わりおじさんとおばさんが後片付けを始めると、ジェームスが僕とアルを川岸へ呼び寄せた。
そこにはプラスチックでできた小さな帆船の模型が浮かべてあり、こんな幼稚な物がいったいどうしたと問う僕らに、ジェームスはまあ見ていろとその玩具をいじりだした。
するとただの玩具の船はみるみる内に大きくなって、ついには僕ら3人なら余裕で乗り込める立派な帆船になったのだ。
おじさんの友達の兄さんがどうとか言っていたが、興奮が最高潮に達していた僕には全く聞こえない。

僕らは我先にとプラスチックの帆船に乗り込み、流れる川へと出港した。

スティアーボートに舵を取れ!

速力2ノット上げ!

勿論玩具だから舵は回らないし速さだって変わらない。しかしそんなのは関係ない。あの時僕らは海の男で、海賊で、海軍将校だった。
そんな僕らを乗せて、帆船は順風満帆に川を下っていった。

そして日が暮れ始めた頃。誰だったろうか、誰かが言ったのだ。


「…でも、どうやって帰るの?」

 
気が付けば川幅は広く流れは緩やかで、西の林は赤く東の林は黒かった。

初めてのキャンプ、初めての冒険。僕は興奮していた。舞い上がっていた。
だから、少し考えれば解るようなことを、オールもモーターもない舟がその後どうなるかなんて、考えもしなかった。

日が沈む。辺りは真っ暗闇。
一気に興奮が覚めたあの瞬間から2時間ほど、川と林と空の境も無い暗闇で、僕らは辛うじて見えるお互いの肩を抱き合い恐怖に耐えていた。もしかしたら大西洋かそれともアイリッシュ海に出てしまったのではないか。

おじさん達が箒に乗って見つけに来てくれなければ、本当にそうなっていただろう。




僕はその日の内に家へ帰された。
先に知らせが入っていたのだろう、玄関のドアを開けるとそこには父が立っていた。

見たこともない恐ろしい形相で、張り上げた声で怒鳴り散らされた。

いつもは怒ったとしても淡々と説教されるだけだったのに、そんないつにない父を目の当たりにして、僕は自分がいかに死に近づいてしまったのかを知り、恐ろしくなり、寒くなり、気が付けば泣き喚いていた。



父があんなにして怒ったのはあの時が初めてで、そしてあれ以来1度も無い。





 
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