Intangible proof
□プロローグ
2ページ/4ページ
学生だった頃の懐かしい気持ちと、これから始まる新しい生活への新鮮な気持ちで、ナナコの足取りは軽やかだ。
買ったばかりのローブを翻し、すれ違う生徒達と軽快に挨拶を交わしながらマクゴナガルのもとへと向かう。
彼女と、今後の身の振り方について話し合う約束をしているのだ。
最近になってナナコはマクゴナガルがユーモアの有る人物だと気付いた。何分学生の時は寮が違ったためあまり接点を持てなかったが、今はこうして彼女と会話が出来る機会に恵まれ、ナナコはそれを楽しみにしていた。
ナナコは到着した部屋の前で服に乱れがないかチェックし、合図をしようとドアに手の甲をかざす。
(―アズカバン…!)
ドアの向こうからしたその張上げた声に、ノックをしようとした手が阻まれた。
マクゴナガルの声だ。アズカバンだなんて、どんな物騒な話をしているのだろう。
(御遺体は処置されずにそのまま彼の地のどこかに保管されたままだと聞きました。)
次に聞こえたのは若い男の声。どうやら随分と深刻な話をしているようだ。
確かに約束はしていたが、時間を改めたほうが良さそうだ。ナナコはかざしていた腕を引っ込めてそこから立ち去ろうとした。
(『デスイーター要員の遺体を回収した。』この事は奴等の…魔法省のあの事件での唯一の栄光と言って良いでしょう。
当時、乗っ取られ威厳を失っていた奴等は、意地でも“教授”を渡さない。)
しかし再び聞こえた男の言葉はナナコの動きを完全に封じた。
まるで数年前のあの日のようだ。立ち聞きなんてするつもりはなかった。人生を狂わせたあの瞬間が今この時と重なり、焦燥が蘇る。
ただ、あの日と違う事が1つ。彼女はそこから退散しようとはせず、そのままじっと部屋の中の様子に集中していた。
つまりは立派な立ち聞きである。
(いえ。この事は私たちだけの内に止めておきましょう。そしてあなたは今後、この件には一切関わらないように。)
それは息が詰まるような直感だった。たまたま鉢合わせたこの会話の内容がその直感の通りなら、聞いて聞かなかったことには出来ない。
ナナコは聴力を上げる呪文を使おうと杖のしまってある懐へ手を…
(―誰です!?そこに居るのは!)
突如ナナコの視界が真っ二つに切り裂かれ、そしてその向こうでは杖を構えるマクゴナガルと唖然としたブロンドの青年がこちらを伺っていた。
そのマクゴナガルと言ったら今まで見たこともない、恐ろしくそして真剣な顔をしている。
これはあまり、よろしい雰囲気ではない。
「…すいません。」
無意識下で自動的に発せられた自分の言葉を賛美してやりたいほどだ。
「…あなたでしたか。いつからそこに居らしたの?」
「今来たばっかりです。丁度ノックをしようかと…すいません。」
嘘。マクゴナガルの勘と洞察力が即座に言葉の真意に到達したのがナナコにも伝わってきた。
そして杖を突き付ける彼女の余りにも心痛なその表情は、ナナコの直感を裏付けてしまった。
直ぐにでもここから追い出されてしまうだろうか。それでも、決して引き下がる訳にはいかない。
「…いえ、いいの。
失礼したわね、お入りなさい。」
しかしマクゴナガルは伸ばした腕を呆気なくナナコから外すと、いつもの彼女に戻っていた。
きっと気を使わせてしまったんだ。ナナコはそう思い至ると申し訳なくなり、この後更に困らせてしまう事を考えると居たたまれなくさえなってくる。
そういえば、マクゴナガルの隣でこちらを怪訝そうに睨んでくるこのブロンドの青年は誰だろう…
「…あ、もしかして彼が、マクゴナガル教授が前に言っていたポッター君ですか?」
「ポッ…!?」
それを聞くなり青年は顔を引き吊らせ固まってしまった。格式高い部屋に再びやってしまった感が漂う。
助けを求めるようにマクゴナガルへ視線を移せば、眉を上げて呆れたように微笑んでいた。