Intangible proof
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足早に廊下を進むナナコ。その一歩ほど後ろにハリーが続く。
そのほんの数十センチが、ハリーには果てしない距離に感じられた。
今から危険を共有する事になろう目の前の人物が心優しい人であることは十分解ったが、それでも彼女は自分に対して厚く高い壁を打ち立てている。
もとからの性格なのか、それとも彼女との間には自分でも知らない因縁が有るのか。
いやそもそも、自分は彼女の事を何も知らない。
「…プリンスさんは、その、スネイプ教授とはどういった間柄だったんですか?」
「……どうして?」
小柄な背中を追い掛け、その行くままに任せていると、ホグワーツ領内でも随分と外れた場所までやって来た。
「ただの元生徒ってだけじゃこんな危険な事に加わらないだろうし、それに…プリンスって……。」
ハリーの言葉と共に一旦城外へ出て短い並木道を抜けると、その先には見上げるほど高い塔がそびえている。
「良かった、まだ残ってた。」
よく見ると所々が朽ち掛けている。あの戦いの日に損害を被ったのか、しかし修繕の手は施されていない。
その塔を感慨深げに眺めたナナコはその余韻も残らぬ間に扉を開け中へ入って行く。
結局返ってこなかった質問の答えに釈然としないながらも、ハリーも慌ててその後を追って扉を潜った。
グルグルと壁を伝って続く階段を息を上げて登りきり、ようやく辿り着いたのは勿論その塔の頂上。そこからはホグワーツの全てが一望でき、それを取り囲む湖の果てから遠く山の向こうまで見渡せる。
「…ここでなら、姿現しが使えるわ。」
「でも、ホグワーツ内では使えないはずじゃ…?」
「ここだけは特別なの…きっと。」
ハリーは半信半疑だった。なぜこの人が、教授とは言え新米のこの人がそんなことを知っているのだろう。あのマクゴナガルにすら知っている様子は無かったのに。
「ここで使ったことがあるんですか?」
神妙にナナコの顔を除き込んでくるハリーに、彼女はゆっくりとその目を合わせた。
「正確に言えば私じゃないの。
使っていたのは、彼。」
「彼?」
「…スネイプ教授よ。」
緑色をした瞳の瞳孔がグッと開く。
まさかここへ来てその名を聞くことになるなんて、ハリーの予測に有った筈がない。
どうして彼女はその事を知っているのか。
そして唖然とするハリーにナナコが返したのは、細やかな笑顔だった。
「さっきの質問だけど、私ね、スネイプ教授に凄く感謝しているの。今私がここでこうしていられるのは、全て教授のお陰だから。本当に全て…。
だから、私は私の手で教授を迎えに行く。何があっても。」
2人の前に塞がる壁はそのままだけれども、でもハリーはそに小さなドアを見付けた気がした。そしてそこから差し伸べられた手は、暖かだった。
「…僕も、同じです。」
いつかこの人は、その壁の向こうへ迎え入れてくれるだろうか。
「プリンスさん、あなたと話がしたい。いろんな話を…何でだろう、何だか、そう思いました。」
「…ポッター君がそうしたいなら…。」
「僕の事はハリーでいいですよ。ポッター君なんて照れくさいし。」
「私の事もナナコでいいよ。その方が呼びやすいでしょ?」
その壁の向こうには、自分の心と同じ景色が広がっているのではないか。この人には自分の気持ちが解るのではないか。そんな期待がハリーの中に生まれた。
「じゃあ、直ぐ戻りますから。」
「気を付けてね。」
そして瞬く間に消え去ったハリーは、その直後残されたナナコの顔から笑顔が消えていったのを知る由も無い。