Intangible proof
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ハリーを見送りスネイプの自室に…そうだった、自分の自室に戻ったナナコは、前の主がそうしたようにソファへ深く雪崩れ込んだ。
先週運び込んだ荷物は解かれる事も無く寝室に起きっぱなし。部屋の中は結局昔のまま、手付かずだった。
「どうしよう…どうしよう…」
彼女が悶々と思い悩んでいるのは勿論ハリーの事。
危険がどうのとかは、もういい。それについては彼を信じると決めたのだ。
問題は、自分が何者かと言うこと。
あの実直で優しい青年は、スネイプが生涯愛し続けたのは彼の母1人だと信じていて、だからこそそのスネイプの汚名を晴らさんと活動し、今もこうして頑張っている。
なのに、そこへいきなり自分が出てきて「実は私達愛し合ってました〜」だなんて、
「…言えない…!言えるわけない!」
そうとも。言えるわけがない。
でも待てよ?第一自分達が付き合っていた事実は無く、ましてそのような行為に至った事も無い。…キスはしたけど。
いやいや、だからと言って彼に愛されていたのは事実で、自分が彼を愛している事もまた事実で…
(あなたと話がしたい。いろんな話を…)
「……―〜っ!!」
いったい何を聞かれるんだ!?
ナナコは塩を掛けられたナメクジのように、土から引っこ抜かれたマンドラゴラのように、ソファの上をのたうち廻った。
そこへ…
トン トン トン
なんの音?
「…どちら様でしょうか。」
「ハリーです。」
いや〜な予感が的中する音。
「―っ!! ちょっと待ってね!」
ナナコはソファから飛び起きて乱れた髪に手櫛を通し、ローブのシワを払って古びたドアを開けた。
「こんばんわ。少し良いですか?」
「お、お帰りハリー君。どうぞ上がって。」
「失礼します。
…うわっ凄いな。昔のまんまだ…。」
隠そう。その事だけは絶対に隠し通そう。つまり、愛とかの辺りは。
ナナコは確固たる決意と共にハリーをデスクの椅子-昔自分が座っていた定位置へと勧め、自らはスネイプが座っていた定位置へソロリと腰掛けた。
ハリーは奇妙なぎこちなさに体が落ち着かなかった。
この部屋の中、このデスクの向こうに居るのは、顔1つ分上から見下してくる黒くて陰険な男ではなく、自分より一回り小さな体でおずおずとこちらを伺ってくる女性。
まるで、何かの罰で2人揃ってこの部屋に閉じ込められているような気分だ。
テーブルに湯気を立てる2脚のカップが並べられた。校長室でも飲んだあの若草色の飲み物だった。
「あ、これとっても美味しかったですよ。えっと…」
「ハーブティ。ハリー君は初めてだった?」
「はい。スッキリしてて、僕は好きだな。」
「わぁ、ありがとう! これ教授も凄く気に入ってくれてて……っあ。」
「…えっと、スネイプ教授が?」
「う、うん、そうなるよね…。」
「へ、へえ!良くご存知なんですね!」
目の前の女性の顔には、あからさまに「しまった」と書かれている。
そうなると、どうにも探りを入れたくなってしまう。そんなハリーの性分。
「スネイプ教授とはどういった間柄だったんですか?」
「それは…だから…。」
ハリーはもう一度さっきと同じ質問を投げ掛けてみた。
同じ答えが返ってきても食い下がってみよう。そんな彼の意気込みがじわじわとナナコを追い詰めていく。
ドンドンドン!
「プリンス教授!」
今日で2度目のドアを叩く音は、しかしハリーの時よりも切羽詰まった様子に2人は一斉にそこへ振り返る。ナナコは慌ててドアを開けると待ち構えていた訪問者と何やら話し始めた。
「―大変!!」
いきなり声を荒げたナナコはハリーが呆然と見守るなか、数有る薬品棚の1つから迷わず一本の小瓶を掴み取り、またドアへと駆け戻った。
「ハリー君、ちょっと急用が出来ちゃったの。戻って来るまでゆっくりしてて。 あぁ、寝室には入っちゃだめよ?」
「は、入りませんよ!」
そう言い残すや否や部屋を飛び出して行ったナナコにハリーの反論は届かない。
やがてその足音は遠くへと消えてゆき、そして、ハリーは薄暗い部屋に1人取り残されてしまった。
「………。」
この部屋でどうごゆっくりしたら良いのだろう。ハリーは少しだけ、自分をこの部屋に寄越した校長を恨んだ。