Intangible proof
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3.
変わらず気心知れた友人達。
最愛の伴侶。
そして、その最愛との間に生まれた最愛の我が子。
夢に見た『家庭』と言う幸福。
僕は今幸せに満ち溢れている。
満ちている。
満ちている。そのはずなのに。
心にポッカリと空いた穴は、いつまでたっても埋まらないまま。
何もかもが、人も動物も、森も湖も城も、杖もフラスコも絵画も、何もかもが寝静まった深い夜。
午後12と午前0時が来て素直に動きを止めた階段の上でハリーは1人そこに座って何もない暗闇を見ていた。
その手には1枚の写真と1通の手紙。
「…何やってんだ僕は。」
人の部屋から、あまりにもプライベートな物を勝手に持ち出してきて、いったい自分は何がしたいんだ。
―傷付いた?
…違う。
―失望した?
…違う、そんなんじゃない!
―じゃあ、何なの?
……解らない。
解らない。マクゴナガルが伝えたかったのはこの事だったのだろうか。突き付けられたこの事実から、何を見出だせと言うのか。
いくら暗闇の先を見ようとしても、そこに答えは無い。その答えは自分の中。そこにポッカリと開いた穴を覗き込もうとすると、そこに潜んだ何者かも夜の静けさに紛れてこちらを伺っている。
「…良い夜じゃ。」
突然、随分と近くからしたその声に、ハリーの体を巡る血が一気に冷えた。
夜に馴染んできた目を凝らして辺りを見回すと、確かにその人物は直ぐ近くに居た。
「静かで良い夜じゃ、ハリー。」
「ダンブルドア校長…。」
ハリーの隣、やや顔を上げた先の額の中。スッキリと広がる野原に立つ一本の大木の下にダンブルドアは佇んでいた。
「どうしてこんな所に?」
「それは、君と同じ理由じゃよ。」
描かれている被写体の大木とハリーとは、視覚的に距離が開いている。そのためダンブルドアのその表情などは明確には解らない。
「こんな静な夜はじっくりと対話をするに相応しい。」
「誰とですか?」
「勿論、自分とじゃよ。」
「…自分。」
「ハリー、そう難しい顔をせんでもよい。もし手助けが必要ならば、ワシはいつまでもここに居よう。」
そう言うと額の中のダンブルドアは大木の根本へ座る。緩やかな風にその白い髭が靡き、そんな筈は無いのだけれど、その風はハリーの胸にも届いた。
「聞いても良いですか。」
「何なりと。
ここにはワシとお主しかおらん。」
「…スネイプ教授とナナコさんの事を、教えてください。」
「……お主が愛しい者を心に描いたときに感じるものを、セブルスもナナコに感じておった。これで良いかの?」
ハリーはそれにただ1つだけ頷く。
その手に握られている事実はついに確定された。なのにそれは心に開いた穴を埋めてはくれなかった。
ダンブルドアが続ける言葉と共に、彼はその空洞をもう一度じっと覗き込む。
「『愛』。…ハリーよ、言葉にすれば一瞬で型どられるこの現象には、しかし様々な形がある。」
「…はい。」
「セブルスのリリーへの思いは愛であった。またナナコへの思いも愛であるのだ。…分かるな?」
「…はい。分かります。」
確認するように、ダンブルドアはあえて明確に言葉を選んだ。それがハリーの為になると願って。
そして彼の言葉が優しく深く、そして重くハリーの心へ降りて行き、それが辿り着いた先は傷心でも悲観でも失意でも無く、
ダンブルドアは、絵ではあるが目を見張った。暗がりの中で膝を抱えて佇む青年の横顔は、彼が案じたそれではなかった。
言葉が辿り着いた先は、ダンブルドアが見たその横顔は、ハリーが心の穴の淵で見付けたものは、
安堵だった。