Intangible proof
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ローザ、ヴァイオレット、ジャスミン、ペチュニア、そしてリリー。
花の名前を持つ女性はたくさん居るけれど、その花だってもとは誰かの名前だったのかもしれない。そう考えると、なんだか不思議。
そしてもう1つ不思議なのは、彼女達は各々が冠する花の美しさや愛らしさ、可憐さを良く表していると言うこと。まるでその花の化身のように。
彼としては、ただその百日草に似た花に呼び名が無かったのが不都合だっただけなのかもしれない。でもこの花を通して私を思ってくれていたのだと知ったときは、正直のぼせてしまった。
ずっとあなたの側に居たこの白い花は、あなたにとってどんな存在だったのでしょうか。
そして今、私はその花を…
「ハリー君!もっと細かく潰してくれなきゃ困るじゃない!」
「す、すいません…」
「乳鉢はもっとこう、傾げて、底に擦り付けるように……本当に教授の授業受けてたの?」
「はい、一応…」
「これが終わったら根っこを刻んでね。細かく。形が残らないほど。」
…その花を、潰して刻んで絞って乾かして火にかけている。
仰りたい事は解ります。ハリー君のロマンチズムをぶち壊したのも解っています。
でも教授だってこうしたんだし、彼のためなら私は痛くも痒くもありません。きっとこの花だって同じはず。
だって『ナナコ』なんだから。
*****
心と命を捧げた、一輪の白い花。
それはいつになろうと、どれだけ経とうと、果てる事の無い想い。
血液と共にこの身体の中の隅々にまで循環し、脳に働きかけ、心臓に鼓動を与え、私を生かしていた、
(……久しぶりね…、)
永久に咲き続ける、一輪の白い花。
(…セブ。)
「……リリー。」
まさか、君が居るとは思っても無かったんだ。
まさか、こうして笑ってくれるとは思っても無かったんだ。
「リリー、」
言いたい事が有る。言わなければいけない事がたくさん。
「私は…!」
なのに、どれ1つとして言葉になって出てこない。
(…この公園、覚えててくれたんだね。)
「…? あ、あぁ。」
(ねぇ、ちょっと話していかない?)
話なら勿論、君がいいのなら。
ブランコへ向かって駆けて行く彼女に大きく間を取って付いて行くと、彼女は幼い頃のように右側へ座った。
(セブも。いつもこっち側だったでしょ?)
「あぁ。…あぁ、そうだったな。」
あまりの懐かしさに、思わず口許が緩む。すると君は、どうしてなんだ、そんな私にまた笑顔を向ける。
その左隣で微かに揺れるチェーンを両手で固定し、位置を確認しながら座った。
「…狭いな。」
(当然よ。私達大人になったんだもの。)
「それもそうか。」
そう言ったそばから彼女はブランコを漕ぎだした。高く高く、そのまま飛んでいってしまうのではないかと心配になるくらい。
「君は変わらないな。」
(セブは、随分、私をっ、追い越しちゃった、っけどね!
ッハハ、楽し〜!セブもやったら?)
「…僕はいい…」
(大人になったのにまだブランコ怖いの〜?)
「―違う、大人だからしないんだろうが!」
(ッハハハ! セブ、まだ怖いんでしょ!)
「どうして君はいつも僕を…! 『リリー』はもっと淑やかなものだろう。」
(いつもそればっかり。ごめんなさいねお転婆で!…セブも相変わらずなんだから。)
急に年相応に戻った声にハッとする。
ストンッと軽やかに着地し振り返った彼女は笑ってはいたもののその目は真剣で、そうだった、ブランコで遊ぶためなどではなく、彼女と話をするためにここに居るのだから。
(…本当、セブも変わらないね…。)
君だって本当に昔のまま、最後に見た君のまま、……綺麗だ。
今更、そんなことが言えるはずもないけれど。