Intangible proof
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また昔みたいに2人で居られますか?
また2人で家に行ってお話をして、
薬園に行って…
お前の淹れたハーブティを飲んで、
星を眺めて…
そうまるであの白い花に全てを覆われた薬園のように、
私の中の穏やかな場所は、ついにはあの白い花で満たされていた。
希望が叶うことはなかった。
約束も果たすことはできなかった。
それでも僕…私は、
(……セブ?)
私はまた君から笑顔を奪ってしまうかもしれない。
「リリー、私は、」
だから今度こそ、赦してくれなくて構わないから。
「…私はここには居られない。私には行かなければならない場所がある。」
川のせせらぎが、風に揺れる木の葉のざわめきが遠ざかってゆく。
騒がしく溢れ返る胸の内に耳を研ぎ澄まして言葉を並べるだけで精一杯で。
「君とまた話せて、勿論嬉しい。これからもそうしていられるなら、それも勿論嬉しい。しかし私はどうしても、ここに留まることはできない。」
(………)
「あの場所に行ったからと言って“彼女”に会えるわけではないだろう。けれど、君とずっとこの場所に居られるか、あの場所で彼女を想い続けるか、どちらかを選べと言われたなら…」
寂しげに揺らめくその瞳が緑色の痛みとなってこの胸を貫く。それを断ち切り、振り切ろうとすれば更に深く。
「…やはり私は、ここには居られない。」
あまりの痛みに私は顔を上げていられなかった。いや、君の視線から逃れたかったのかもしれない。
ふと、その痛みに暖かな何かが触れた。
(…解ってるよ。あなたの中の大切な人。)
目に入ったのは、なよやかな腕。そして息を詰め堪えるこの胸の上へ静かに添えられた暖かな手。
(私は知ってる、
あなたがどれだけ勇敢だったか。
私は覚えてる、
あなたがどれだけ優しい人だったか。
私は解ってる、
あなたの愛はもう変わらない。
あなたがしてくれた事も、あなたが思っていることも、みんな私の“ここ”にある。)
そう言うと彼女は私の胸に触れたまま、空いた方の手を自らの胸に添えた。
(決して目に見えることはないけれど、手で触れることもできないけれど、それは確かにここにある。
だって、ずっとあなたを見てきたから。)
ゆっくりと離れてゆく手が、まるで自分の知らない所でおきている光景に見えた。しかしその温もりは残っていて、そう彼女が言ったように、確かにここにある。
(あなたを待ってる人がいる。)
「…リリー?」
そして彼女は杖で弧を描くと、いやいつの間に杖を出していたのか、とにかく彼女の杖先から溢れた白銀の光は牝鹿の姿となってその隣に降り立った。
その笑顔は、私にもそうしろと言う合図なのか。その証拠に私も知らぬ間に杖を握っている。
君の目の前で披露するのは少々気が引ける。だって、その意味を知っているだろう?
だが君が望むなら仕方がない。私も同じ様に宙に向かって線を引いた。
杖先に沿って流れ出す光。それは徐々にその姿を現す。
「………?」
どうしたことだろう。
まさか失敗したのか?
その白銀の姿は私が確信していたものとは全く違う。
それは滑らかな曲線の大きな羽を広げ、音もなく空へと舞い上がった。
グルリと円を描いたと思ったら真っ直ぐにこちらへと降りてきて、私の固まったままの杖腕へ掴まり大きく丸い目で見上げてくる。
あぁ、そうなのか。
これが今の私の…
(その子が、今のあなたの愛なのね。)
「…そうらしいな。」
(その子があなたを導いてくれる。)
「…そうか。」
(………)
避けようの無い何かの兆しを感じ、私は何の躊躇いもなく彼女を見つめる。彼女もまたそうするように。
気付いているだろうか、君とこうして向き合ったのは君を傷付けたあの日以来なんだ。だから最後に見る君が笑顔の君で本当に良かった。私の顔もそんなふうに笑えていれば良いのだが。
…けれど、
いつかまた会えるだろうか?
私のそんな女々しい問いに、彼女は私の胸を人差し指でトン、トンと小突いて、
そして笑った。