Intangible proof
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指し示された先にはナナコの目に付くような物はない。物はない、と言う以外何もない。
「校長の話だとハリー君が言うような部屋はもう無い筈よ?」
「でも、思うんです。ホグワーツはきっとそこへ導いてくれる。ホグワーツは、今もここにホグワーツがある理由を解っている。」
「ハリー君のために?」
「…彼のために。」
ホグワーツは応えた。
そして、ハリーの前に扉は現れた。
「…ここは…」
辺りはとても静かだ。
ウレタン樹脂の床には天井の蛍光灯が等間隔に鈍く反射し、数台の自販機が一斉に耳なりのように唸っている。
漂うコーヒーの鋭い香り。
「……ポッターさん…??」
「…先生。」
先生と呼ばれたその男はグッタリとした白衣を羽織りエスプレッソを手にして青いアクリルのベンチに座っている。
部屋には飲料やスナックの自販機が立ち並び、しかしハリーが“必要”としているのはそれらではない。
「先生、あなたの力が必要なんです。どうか、どうか助けてください。」
「………?」
以前この医師と交わした会話を思い出せば全く持って頼めるような内容ではない。しかしホグワーツがハリー達に必要なのは彼だと確信しているのなら、これ以上の最善は無いのだ。
「ある人をちゃんと、帰るべき場所に帰してあげたいんです。」
*****
柄でもない。
私がこんなにも必死になって走る姿なんて誰が考え付く?自分でも想定外の出来事なのに。
数メートル先を悠々と飛んでいくあの白銀のフクロウめ。これならイタチか何かの方が良かったかもしれない。
…いや、ネズミかイヌで無かっただけ許容範囲とするべきか。
慣れない事に戸惑う足を前へ前へと進める度に、周囲の景色が目まぐるしく変わる。
幼かった頃、若かった頃、そしてつい最近の出来事が私の横を通り過ぎる。
教室かと思えば中庭。
(おいスニベリー!)
(抜かるでないぞセブルス。)
談話室かと思えば広間、また教室。
(なんだいスネイプ、その陰気な顔は。)
(あ、セブ!またアイツらにやられたの!?)
(ヤバいスネイプだ!逃げるぞ相棒!)
図書室、柳の木、保健室、塔の上。
今までこの身に起こった全てが混ぜ合わさった群像がまるで他人事に見える。今はこの果てしなく続く広大なホグワーツを駆け抜ける事だけしか頭になくて。
……身に起こった全て…
そう言えば、その全てはこのホグワーツでの日々ばかりだ。良いことも悪いことも、最悪のことも全て。
そうここは私の全てだった。学校であり遊び場であり職場であり家だった。
魔法を学び、魔法を教え
少ない友人と多くの敵に囲まれ、失い
人を愛し、破れ、また愛し
育ち、暮らし、生きて、そして死んだ、
私の全て。
「……―!?」
ほんの僅かに目を離しただけだった。
「…どこだ。」
ほんの僅かに目を離しただけだった。
「どこへ…!?」
そこに白銀のフクロウは居なかった。
(おいスニベリー!)
(抜かるでないぞセブルス。)
(なんだいスネイプ、その陰気な顔は。)
(あ、セブ!またアイツらにやられたの!?)
(ヤバいスネイプだ!逃げるぞ相棒!)