Intangible proof

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この部屋に唯一窓の有る場所がある。それは寝室だ。
小さくて四角い窓。フクロウくらいなら通れるだろうか。いや鉄の格子が十字に張られているためそれすら無理だろう。

その小ささでは昼でも夜でも採光の勤めは果たせない。
ただ今日は、この時は、偶然にも丸く満ちた白い月がピタリとその窓へ降臨し、遠い空からナナコを見つめていた。







(私たちは校長室で待っていますから、全て済んだらいらしてくださいね。
…どれだけ時間を掛けても構わないから。)


成功するかどうかははっきり言って解らない。それでも何故かナナコ達にはこれで最後だと言う予感があった。
だからマクゴナガルはナナコにスネイプと2人だけになる時間を与えた。つまりは、最後の時間を。何かを語らい合える訳でも無いが、でもその何かを惜しむくらいなら出来るのではないかと。



「………。」



今たくさんの思い出がナナコを抱き締めている。それはまるであの日の彼のように離そうとはしてくれない。それとも離せないのは彼女の方なのか、惜しむにはあまりにも幸せな日々が多すぎた。


しっかりしているつもりだったのに。
覚悟は決めたはずだったのに。


そんな自分に堪らなくなりナナコは爪の変色した大きな手を握り締めた。静かに閉じられた瞼の奥に夜のような瞳を願った。固く結ばれた口許に微小な弧を、そこから紡がれる優しい声に耳を澄ませた。

そして聞こえてくるのは時計の秒針の刻む音。目に映るのは微小も動かない彼の顔。

しかしその手だけは、彼女に応えてくれた。いくら握ろうと変わらないその冷たさ。それは彼の暖かい思いに似て、ナナコの朦朧とした頭にピシャリと水を打った。相変わらず手厳しい。



「…私ってば本当に、教授に心配をかけてばかりですね。」



熱くて溶けそうになる瞳をきつく閉じ込め、気を抜けば溢れそうになる悲しみに厳しく口を噛み締める。
そして強引に空気を胸いっぱいに吸い込むと、迷いと共に吐き出した。

そんなことでゼロにできるほどこの感情は生易しくは無いけれど、胸に支えてどうしようもなく苦しいけれど。
けれどナナコはいつもそうしていたように、スネイプに向かって笑顔を咲かせる。



「失敗しても怒らないでくださいね?」




別れは決意された。

小さくて四角い窓から覗く白くて丸い月だけが、ナナコの笑顔に一筋流れる本当の気持ちを知っていた。










*****











周囲の景色が目まぐるしく変わる。


幼かった頃、若かった頃、そしてつい最近の出来事が私の横を通り過ぎる。


嬉しかった過去、忌まわしかった過去、


しかし今はそのどれもが本当に他人事のように、もう目にも入ってこない。勝手にやっていてくれ、私はそれどころでは無いんだ。





私は消えたフクロウを求めてホグワーツ中を駆け廻った。這いずり廻ったと揶揄されても認めよう。


しかしどこを探しても見付からなかった。私を置いてどこかへ行ってしまったのだろうか。


ならばせめてここから出ようと、誰もがそう考えるだろう。私もそうだった。






しかし、出られなかった。


いくら進んでもどこへ行っても出口はない。同じ様な場所をグルグルと走らされるばかりで、体力云々よりも心が磨り減っていくようで、ついに私は、





「………―っ!」



足を止めた。


目の前に伸びる廊下の先はどんなに目を凝らしても見えない。もしや終わりが無いのではと首筋が寒くなる。


なぜフクロウは消えてしまったのだろうか。確かあれは私をあの場所へ導いてくれる筈ではなかったか。こんな場所で、しかも出ることすらできない私にどうしろと。











……いや、そんなまさか。


嫌な予感が頭を過る。


あれは、あのフクロウは私をここへ導いてきたのだとしたら。





「……違う。」





このホグワーツこそが私の最後の場所だと。






「違う、ここではない、」







ホグワーツ。私の全て。





「ここではない…!」






私の、柵。






「…ここでは…」








 
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