Intangible proof
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学生の頃もよくこうしていた気がする。廊下の窓辺に座って、通り過ぎる人波をただただ眺めていた。
私が彼らを見ていても、彼らには私が見えていない。いや目に入っても、見ないようにしていたのだろう。
自分という人間を思い知るには丁度良い場所だった。
思い知って、酷く寂しかった。
…フクロウ。お前は本当にどこへ行ってしまったんだ。
ホグワーツこそ私に相応しいと言うことか。いつまでもここでこうしているのがお似合いだと言うことか。
この場所こそが私の最後の地だと、お前は本当にそう思うのか。
何か逆らい様の無い壮大な意志が在るとして、それがそう決めたのなら、私もそのごもっともな考えに納得はできる。
でも、それでも、
導いてくれ、あの場所へ
この手を取ってくれ、
「……ナナコ…」
もしそうしてくれたなら、今度こそは決して、もう二度と…
(どうしたんですか?)
ハッとして現状に引き戻されると手がジワリと痺れていた。どうやら随分ときつく握り込んでいたらしい。
(ここで何を?)
いつの間にか1人の男子生徒が私の隣に我が物顔で座っている。4、5年生くらいだろう。
私に話し掛けて居るのだろうが、彼の顔は廊下に行き交う人々の流れに向けられていた。
物好きが他にも居たらしい。そう思って良く良くその生徒を見てみれば、成る程やはりそんな物好きは滅多に居ない。
「お前と同じことをしていた。」
(…そうですか。)
それでもコイツは正面を向いたままで、全くなんて愛想の無い奴だ。
「…杖を貸してもらいたいのだが。」
(人には貸さない事にしてますから。)
黒く長い髪の合間から目だけをこちらへ流して、生意気なやつめ。私が寮監ならばその髪をバッサリと切り落としてやるのに。
思うに今の私はこの頃に比べたら随分と丸くなった。
きっとコイツはポッターが来たら即座に応戦できるよう今この時もこっそり杖を握りしめているに違いないのだから。
…いやポッターだけではない。
周りの人間全てが、相容れない存在にしか見えなかった。
「お前はここをどう思う。」
(どうって…ただの学校です。)
「ホグワーツはお前が望んでいたような場所だったか?」
(…学校は学校です。ただの学校です。なぜそんなことを聞くんですか?)
ようやく見せたその顔は、悔しそうに苦々しげに、そして寂しそうに歪んでいた。
「ここから出てしまえば、お前も少しは安閑に日々を過ごせるのではないのか?」
それは自分の心の隅に、自分でも見えないように隠していた衝動。そうすれば何もかもから解放されるのではないか。この場所から、この柵から出さえすれば。
「お前は、ここをどう思う?」
ここは私にとって何だったのか。家?全て?柵?なぜあれほどまでここに拘ったのか、なぜ守りたいと思ったのか。
今の自分ですら出せなかったその答えを、まだ素直に寂しさを顔に出せるほどに青々しい少年に問い詰めている私の、なんと卑怯な事だろう。
(…僕はここ以外に居場所がないし、出ていくなんて、逃げるみたいでいやだ。
それに僕は、そんなにここが…嫌いじゃない。)
嫌いじゃない。
私の言う事だからそれが何を意味するのかは手に取って見るよりも明白。
嫌いじゃない。
たかがそれだけの理由で?
(あなたは、どう思いますか?)
いや、しかし。理由などという物は案外、こんなにも簡単で単純な物なのかもしれない。
「私は…」
ここは私の学校で、職場で、家で、全てで、柵でもあったろう。
嬉しい事があり、忌々しい事もあり、
育ち、暮らし、生きて、死んだ場所。
私はここが、
「嫌いではない。」
それこそが私がホグワーツに居た答えで、今ここに居る理由なのだろう。
フクロウが置いていったのではない。この場所に惹かれて、私があの時立ち止まったのだ。
けれど…
「…しかし私には、ここよりももっと“好きな”場所がある。」
隣に座る青々しい私はそれに心底意外だという顔をする。
「私はそこへ行かねばならない。」
そしてなぜだか随分と寂しそうに目を伏せると、また廊下の人波に正面を戻した。