Intangible proof
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「…――、―ネルバ。…ミネルバ。」
「……―」
呼び声に醒めたマクゴナガルの目に先ず映ったのは、夜明けを予感させる群青の空だった。
次はテーブル越しに椅子に凭れ掛け腕組みをして眠るハリー。
どうやら2人で話し込むうちに眠ってしまったらしい。
「ミネルバ。」
そして彼女は漸くその声の主に気がついた。
校長室の奥、品の良いデスクの向こうに掛けられた額の中で、その人物は絵になった今でも隠しきれない威厳を漂わせている。
「どうなさいましたのアルバス、こんな早朝に…」
「早く、セブルスのもとへ向かうのじゃ。今すぐに。」
「セブルス…プリンスのところへですか?彼女がどうしたと言うのです?」
「急げ。ハリーを起こして直ぐに。」
やや覚醒しきらぬ頭ではさすがのマクゴナガルでもいつもの冴えを発揮できない。
「いったい何があったんです?」
「とにかく行きなさい。…ワシはの、人を驚かせるのが大好きなんじゃよ。」
ただ、ニコリと微笑んだ偉大な魔法使いにこれ以上は何を聞いても空振りに終わるであろうことははっきりとしていた。
*****
それは夢のようで、幻のようで、現実のようでもあった。
その余韻をじっくりと味わうように、徐々に体が目覚めてゆく。
良い夢を見た。とても良い夢。
どんな夢だったかは覚えていないけれど、だってそこにはあなたが居たから。
あぁでも、私はきっとまだ夢の中に居るんだ。
手の平には懐かしい温もりが染み込んで、
きっとまだ夢の中なんだ。
瞼を開けた私の瞳を、あなたの瞳が見つめている。
これは夢。
固く閉ざされていた薄い唇が、ゆっくりと開いて、
これは、夢なんでしょう?
優しく微小な弧を描いて、言葉をなぞった。
『ナナコ』
その言葉が頭の中で眩しく弾けて、身体の隅々にまで瞬く間に突き抜ける。
意識が降り立ったのは夜明け前の群青色が一筋射し込む世界の中。
手の中には温もりが、
目の前には私を見つめる黒い瞳が、
そして私の名前に型どられた言葉が。
それは夢のようで、幻のようで、現実のようでもあった。
私はそれを確かめようと、未だ不確かな懐かしい温もりをそっと握った。
そして、ほんの僅かに、解るか解らないか程微かに握り返された私の手。
あの夏の日が蘇る。
あの冬の日が舞い戻る。
今ここにある全てが、私の中にある全てに寸分の狂いもなく、何の躊躇いもなく重なりあった。
「……きょうじゅ…」
虚ろげな目がフッと瞬き、その深い黒が応えてくれる。
「…教授。」
その口許が、誰が見ても解るくらい緩やかに綻んだ。
「…――…―…」
「…えっ―」
もう二度とその声は聞けない筈だったのに、なのにその小さく掠れた音を聞き取ることに必死で、感慨に浸るだとかそんなことは考えも付かなくって。
「教授、教授何ですか?」
「…―――
あいかわらず、めざめのわるいやつだ
心が溢れてしまいそう。
言い終えたあなたは片方の口角を上げて、その笑い方があの頃と全く変わらないものだから。
驚きと懐かしさと、嬉しさと愛しさと、とにかく色んなものが込み上げて今にも、あぁ溢れてしまう。
「…教授。私、わたし…」
悲しかったんです。
寂しかったんです。
会いたかったんです。
「わたし…」
せっかく笑ってくれたのに、私のせいでその顔が曇ってゆく。だから泣きたくなんてないのに、でも、なぜでしょう、止まらないんです。
「…ごめんなさい…」
「……あやまるな。」
重なり合っていた手がそっと離れた。
そしてその大きな手はゆっくりと、これが最大限なんだと伝わる程痛々しくゆっくりと、ついに私の頬へ到達する。
「わらってくれ…」
それは静かで優しい温度。
自分ではどうやっても止まらなかった涙が、不思議なくらいピタリと治まった。
「……はいっ。」
私、ちゃんと笑えていますか?
でも、あなたがまた笑ってくれたから、きっと笑えてるんですよね。