Intangible proof

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行く手がドアに阻まれていたら、当然それを開けるだろう。
しかしハリーが当然のように開けようとしたそのドアは、ガタンと反抗的な音を立てて彼を拒絶した。



「あ、あれ?」


「このドアは部屋の持ち主でないと開けられないのですよ。」


「いや、でも…」



4、5日前には確かに何の支障もなく開いたのだけれど。
う〜んとハリーが頭を捻っている間にコンコンコン、とノックが3回2セットずつ、狭い廊下に小気味良く響いた。



「―プリンス、プリンス。」



早朝であることを気にしてか、マクゴナガルは努めて小声で古びた木板の向こうへ呼び掛けている。それなら先のドアの音はどうなるのだとお思いになるだろうが、まぁこの部屋は他と離れているため問題はないだろう。

そうこう言っている間にも、いや、しかし部屋の中からは全く応答がない。



「…まだ寝てるんじゃないですか?」


「いえ、アルバスがここへ来るようにと言ったのですから、何かしら進展はあったはずですよ。」



マクゴナガルは再び3回2セット、それでも反応がないため3回をもう2セット、いや3セット、4セット、5セッ……



「…はい、今開けます。」



やっと聞こえたナナコの声に、その名も高き現ホグワーツ校長は元教え子に向かってしたりと目を細める。
そして2人の前でドアが開いたのは、降参ですとハリーが方を竦めて見せた丁度その時だった。



「校長、ハリー君も…。」



ようやく姿を見せたナナコの目元を真っ赤にした顔と呆然とした様子は2人の胸を痛めつけるには十分で、ついさっきまでの和やかな雰囲気は一瞬で無かったことにされる。



「…プリンス、薬の方はどうでしたの?成功なさいましたか?」


「―それが、あぁ何て説明したら良いか…!」



そう言って目を両手で塞ぎ嗚咽をもらすナナコがいたたまれず、マクゴナガルはその震える肩をしっかりと腕の中へ抱き寄せた。



「これで良かったのです。あなたは良くやりましたとも。
誰しも別れと言うものは必ず来ます。それを乗り越えてこそ……」


「教授が、教授…っ、教授が…」


「…ナナコさん? ナナコさんどうしたんですか?」


 
彼女が取り乱すのも無理はない。それは解るのだが、しかしその尋常でない様子に2人は困惑の顔を見合わせた。
ナナコを抱えていたマクゴナガルの腕がそろそろと離れ、いつもはキリリとしている顔が徐に寝室へと向けられる。そしてハリーもその視線を追った直後には、彼女はその先へと姿を消していた。

ナナコをこのまま放って置いてもよいのだろうか。そうハリーが寝室とナナコの間で二の足を踏んでいた、その時。



「―な、何てこと…! セブルス!」



ハリーは瞬時に二択の内の1つを選び取った。駆け足の数歩でその声へと距離を縮める。

寝室とを間仕切る木製のパーテーション。

その向こうにはマクゴナガルの背中。

そしてその奥に横たわる光景は、ハリーの俊足をガッシリと鷲掴みそこから一歩でも動くことを禁じた。
















「セブルス…あなた…」


「…マクゴナガルきょうじゅ…」



マクゴナガルへ向けられていた黒い焦点がゆっくりとその隣へ、ハリーへと近付いてくる。彼にはその一時が胸の鼓動よりも遅く感じられ、迫り来る黒はついに彼を捕らえた。



「……―!?」



途端その黒は大きく見開かれ、緑はグラグラと揺れ動く。“驚き"ただそれだけが彼らを支配した。

しかしその後から沸き上がってきた複雑多種な感情の波はその比ではなく、それから逃れるようにして視線を外したのはハリーの方だった。1歩2歩と身を引いていたのは彼自身も無意識だったのかもしれない。
その始終を見届けた黒い瞳もまた彼から焦点を外して表情を消した。



マクゴナガルがベッドの上の“彼”に向かって何やら頻りに話し掛けている。それに対して“彼”は5回に1回程の割合で低く小さな短い返事を返しているようだ。
それはハリーの耳に届いてはいたものの、頭にまで入っては来ない。
彼はクタクタによれたスニーカーを見下ろして、時おりずり下がる眼鏡を押し戻しながら、細く、なるべく細く呼吸を繰り返していた。
まるで自分と言う存在をその場から消そうとするかのように。






 
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