Intangible proof
□エピローグ
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空が唸っている。
その怒りが目も眩む一撃を轟かせる。
それを合図に対峙する2人の杖が空を切って互いに突きつけられた。
「付き合いきれんな。次で終りだ。」
一直線に張られた黒い腕、その先に伸びる黒い杖の切っ先が今、1人の青年の運命に突き付けられる。
青年は肩を大きく上下し、身体の至るところが我先にと酸素を欲するその要求に答えるのがやっとだった。
空から放たれた雨が体に冷たく突き刺さり無数の穴を開けてゆく。
こんな泥の中に倒れたら服がグチャグチャになっちゃうだろうな。
瞼の裏に困り果てる妻の顔が浮かび、青年は「ごめんね」と小さく呟いた。
「やめてって言ってるじゃないですか!!」
彼等の間に凍り付く緊迫をかち割って乱入してきた声は、2人の意識を一瞬にして招集した。
少し見上げる形となるそこは白壁の家から木製のウッドデッキが張り出したバルコニーで、その手摺から身を乗り出した女がずぶ濡れになって叫んでいた。
「いい加減にして家に入って下さい!風邪ひいても…もう、知りませんからね!」
彼女は「もうっ!」と唸って頭から湯気を出すとまではいかないが、プンスカと室内へ戻っていった。
「…ナナコさん怒ってましたよ、教授。」
「あれは世話焼きだ。我輩の事よりも自分の心配をしたらどうだね、ポッター。」
スネイプとハリーは息もピッタリに(などと言うと彼の機嫌を損ねそうだが)杖をしまい、土砂降りの中を家へと歩きだした。
「その腕で闇払いになろうなどとは、最近はそんな笑えんジョークが流行っているらしい。」
「…結構笑えると思ったんですけどね。」
あははは…。ハリーの乾いた笑い声は豪雨の中に埋もれる。
彼は若干、ほんの少し後悔していた。
闇払いの入局試験を受けるぞと意気込んで、その勢いでスネイプに実地の訓練を願い出た自分は本当に勇敢だったと思う。しかも、まさか引き受けてもらえるなんて誰が予想出来ただろうか。
「それはそれは。…しかし、あれは笑えた。いずれは局長の座を狙いたいと言うのは。」
「あぁ、それは自分でも傑作なんです。」
しかしだ。こういう展開になるであろうことは予想の内だった筈で、つまりは嫌味だとか、期待できない手加減だとか。
裏口までの僅かな距離の間に100ほど嫌味を食らい(個人の感想です)ようやくの末屋内へ辿り着いた。
外の荒れ模様とは打って変わって明るく暖かな空気は全く別世界だ。
先に入ったスネイプはツンと杖を降って見事に服や髪をカラリと乾かせて見せた。汚れもさっぱり落ちて、正に見せつけたと言った感じだ。
勿論その挑発に乗らないハリーではなく、彼もブンと杖を振るって見せつける。
しかし、髪は半乾きの服はしっとり。汚れに至っては…やはりジニーに頭を下げるしかなさそうだ。
「グレンジャーの方がまだ見込みがあるな。…惜しい事だ。」
そしてスネイプはボソリと、しかしグサリとハリーの息の根を止めて悠々と家の奥へ消えた。
やはりここへ来たのは間違いだったのだろうか。訓練を引き受けてくれたのも、きっとナナコの多大な口添えがあったからに違いない。
ハリーはモヤモヤとした気持ちを抱え、戸口で1人溜め息を漏らした。
「―あ、ハリー君。お疲れさま。」
すると何処からともなくナナコが現れ、ハリーは慌てて平常を持ち直す。ティーセットの乗ったトレイを持っているところからして、直ぐそこの台所に居たのだろうか。
「今日は来てくれてありがとう。」
「いや、こちらこそナナコさんには無理を通してもらったみたいで。」
「わたし?そんな事ないよ。」
そう言って笑ったナナコはおもむろに周りをキョロキョロと見回しはじめ、そして何かを確認すると半歩ほどハリーへ距離を縮めて小さく囁いた。
「あんなに楽しそうだった彼は本当に久しぶりなの。」
ハリーは耳を疑った。
おそらくは聞き間違えだろうとナナコを見直せば、目があった彼女は何とも嬉しそうに笑っている。
「だから、ありがとうね。」
さぁお茶にしましょう。そう付け加えてナナコは短い廊下の奥を曲がってゆく。
戸口に1人残されたハリーは呆然と一点を見つめ、やっぱり自分の耳を信じられないまま彼女の背中を追うことにした。