Intangible proof
□エピローグ
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いつかは家を建てたい。
このアパルトメントもなかなか気に入ってはいるけれど、いずれは庭付きの、そうそこで子供が箒の練習をしたりして。
「ねぇ、本当に今日出掛けるの?今から?」
「そうよ。『また今度ね』の『また今度』の『また明日〜』が今日なの。」
窓の外は、見ればはっきり誰にでも解る、土砂降り。
なのにこの部屋の借主の妻、ハーマイオニーは今すぐにでも外に飛び出していきそうな勢いでタイトなジャケットを翻し袖を通した。
「ベッド、服、おもちゃ、あと…いろいろ。他に何を買うのさ。」
「トイレ訓練のためのオマルよ!…アヒルちゃんが良いわね…」
「まだ産まれてもないのに…! 気が早いんじゃないか?」
「準備は万全にしておきたいのよ。」
ほら。と彼女は赤毛の夫に彼のジャケットを投げて寄越すと、未だ寝間着のままのその姿に、呆れと言うか諦めに近い溜め息をついた。
「ジニーからジェームスのお古を廻してもらえれば良いけど、でも彼女も次がいるから…無理そうね。」
「…―あ。ジニーと言えばさ、」
と言いながらいきなり寝間着を脱ぎだしたロンにハーマイオニーはクルリと背を向ける。
「もう!クローゼットはあっちでしょ!」
「ハリーから聞いた?」
「……え?」
「だから、ハリーから聞いた?次の入局試験受けるって。」
本当に、と彼女が振り返るとそこにはロンの脱け殻が落ちており、どうやらちゃんとクローゼットへ向かってくれたらしい。
「あいつどうしたんだろうな急に。」
「…きっと心の整理がついたのよ。」
ハーマイオニーは脱ぎ捨てられた寝間着を椅子に引っ掻けながら「上手くいったんだわ」といつかのハリーを思い出していた。
「じゃあロンも受けるんでしょ?」
そう隣の部屋へ問いかけると、「ん〜」だの「あ〜」だの歯切れの悪い返事が返ってくる。
「そうなるよね。筆記は君に見てもらうとして、問題は実地だな…。
ハリーのやつ『良い先生がいるんだ』って意気込んでたけど、」
「マクゴナガル教授かしら。」
「やっぱりそうか。ずるいなぁ。」
「あなたには私がいるじゃない。私だって、練習の相手にくらいなれるわ。」
靴も脱ぎっぱなし。
本当に世話の掛かる人だと、しかしハーマイオニーはどこか楽しそうにも見える。
「そうだね。僕には君がいるもんね。」
あれ、声が近い。そう思ったときにはすでに彼女は背後から羽交い締めにされていた。いやいや羽交い締めとは人聞きの悪い。
…抱き締められていた。
「絶対に受かってみせる。ハリーのついでで受けるんじゃない、君と僕らの子供のために、受かってみせるさ。
だから、闇払いになれたらさ、ベビーベッドもオマルも良いけど、家を建てようよ。僕らの家を。」
「…うん。」
彼は時たま、不意に、こうやって男らしい事をする。ずるい。卑怯だ。だから自分は彼を甘やかしてしまうんだ。
もう、ずるい。
ずるいずるいと心の中で連呼しながら肩に回された腕を握りしめて、伝わるその暖かさがまたずるい。
ハーマイオニーは楽しそうに、幸せそうに、フッと顔を和ませた。
「でもねロン、その前に…」
「なんだい?」
「…早く服を来て。」
「……やっぱり行くんだ、買い物。」
「当然。」
窓の外は、見ればはっきり誰にでも解る、土砂降り。
だけど早く、あの騒々しい雨音の中へ駆け出して行きたい。きっと彼がいれば何処でだってどんなときだって楽しいはずだから。
ハーマイオニーはロンの腕の中でクルリと反転して、
「闇払いになれなくたって、家が無くたって、あなたがいれば私は幸せ。」
ポカンとする彼の頬を唇でつつくと玄関から飛び出していった。
よく解らないがまぁ良かったと、ロンも慌てて身支度を始める。
今日は良い日曜になりそうだ。