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□家まで1マイル
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父は待っている。

あの場所で、僕を待っている。

…でも今日は、待っていない気がする。







列車が待つ駅へは寮ごとに分かれて順番に出発する。最初はグリフィンドールで最後がスリザリン。だから毎年アルとリリーとは自然と列車で待ち合わせるようになっていた。



「Mr.プリンス。」


「―母さ、プリンス教授。」



外へ出ようかとした僕に声をかけてきたのは、僕の母だ。母はホグワーツで薬術学の教授をしている。
親が自分の学ぶ学校の教師と言うのは色々、何かと、気まずい事も多い。挙げれば切りがないから今は置いておこう。



「あれ、ポッター兄妹はもう行っちゃったのね。今年も泊まりに行くんでしょ?」


「もう約束した。」


「遊びの段取りは早いんだから。母さん8日には帰れるから―」


「―解ってるよ“いつも通り”だよね?…あっ、みんなに遅れる、じゃあね!」


「あっ、ちょっと!父さんにも言っておいてね!」



母は僕より1週間遅れて帰ってきて、1週間早く学校に戻る。毎年お決まりの事なのに、なぜか母は毎度念を押してくるのだ。

夏休みの日程は毎年決まっている。
僕が帰って母が帰って、アルの家に3日ほどお邪魔して、母が戻って僕が戻る。
休みの間は課題をしたり町に行ったり、特にこれと言って何かするわけでもない。家族で出掛けるなんて事は覚えている限りでは1度も無い。
別にそれが不満だと言うんじゃない、僕は家でのんびりするのが好きだし、それに父に外出をねだるのは気が引ける。

…いや。気が引ける、というのは少し違うかもしれない。
あれは遠慮だと思う。

遠慮だなんて随分と他人行儀な聞こえかも知れないが、なんと言って表せば良いか、僕にとって父はとても近く、またとても遠くもあるのだ。



自分の父は他所とは少し違う。そう気付いたのはこのホグワーツに来てからだった。
他所で父親と言えば、それは幼子の枕元で本を読んで聞かせ、箒の練習を監督し、クリスマスにはサンタの役をこなし、休日にはクディッチ観戦や遊園地に連れていくのが父親だそうで。

さっきも言ったけれど、それが不満なわけではない。母は仕事で留守がちなものだから、入学前はほぼ父との2人暮らしみたいなもので、そんな生活が当たり前で普通だったから。
父が居て僕が居る。それだけのシンプルな生活だった。

そんな生活の中で、僕は1つの“技”というか“術”を知らず身に付けていた。僕と父はお互いの雰囲気や目くばせだけでなぜか用件を伝えることができるのだ。
たまに母が居る前でそれをすると、「また2人にしか解らない話してる」と拗ねられたりもする。そうすると僕はあの難しい父の誰よりも近くにあるような気になって、人知れず胸が弾むのである。



しかし、僕が誰より身近に思う父は、僕の知らない何者かでもあった。

何気なく通り過ぎる会話の中に、ふと目にする風景の中に、時折ほんの微かに僕の知らない父の欠片が紛れていた。極微量の断片は歳月を掛けて僕の中に蓄積してゆき、そして何者かとして常に父と僕の間に居座るようになっていた。

そんなある日、僕はついにその何者かの姿を、始めて訪れた校長室で知ることになる。
歴代校長の絵がずらりと会するその中、真っ黒なローブを肩から長々と垂らし腕を組んで佇ずむ、父の顔をした男。知る筈の無い良く知った顔が、僕の知らないどこかを睨み付けていた。

父の姿をした何者かとはいったい何者なのか。僕はその実態を校長先生に求めた。

 
「…あなたは彼の息子であることに胸を張ってよろしいのです。」


返ってきた言葉はそれだけだった。

大人達は父に関する話を避ける。おじさんもおばさんも校長先生も、母でさえも僕に話そうとしない。
渋々口を開いてもみんな言うことは同じ。父は立派であった、と。

あの絵の前で思い知った。誰よりも近くに感じる父の事を、僕は誰よりも知らない。
そして何者かは更に大きく濃くなって、僕と父を隔てた。



僕にとって父はとても近く、またとても遠い。
目の前に居ても直ぐ隣に居ても、話をしていても目が合っていても、その間には父の姿をした何者かが居座っている。

僕はこの先もその隔たりを越えることは許されないのだろうか。

父には見えているのだろうか、この隔たりが。

そんな不安とも憤りとも言える痼があと一歩のところで僕をはばかり、いつも父に対して遠慮させている。




 
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