Restaurant Tanner

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あの日は、私が彼を知った最初だった。

あれはもう16か17年以上前の話。
あの頃は父に引っ張られて名だたる家々の“パーティー”に出席させられていた。それは表向きの表現で、女の私には隠していたのだろうけれど、それが例のあの人の為の集まりのカモフラージュである事は周知だった。
父は私をその集団に馴染ませようと色々画 策していたようで。そして私はあの人や彼らの思想に染まることができず、形だけでも心酔したふりをすれはいいのにそれもできなかった。漠然と、自分の居場所はきっと別にあるんだという思いに焦がれていた。

あの日は…たしかプルウェット家だった。屋敷の設えの豪華さが血の濃さに比例しているような豪邸だった。
何を飲む気にもなれない、食べる気にもなれない、話す気も無い。ただ立っているだけそれこそが、唯一の反抗だった。間違っても笑みなど溢れたりしないように、ギュッと口を噤んでいた。

周りを見れば見知った面々の中を彼方へ此方へ忙しく歩き渡る見知らぬ男がいた。
黒い髪は黒い服の肩に届きそうで、黒いローブに見え隠れする靴はもちろん黒い。
なんとかあの集団に溶け込み馴染もうとその顔に貼り付けた自信は、彼の実像なのかそれとも虚像なのか。

まあそういった輩は多からず居る。そういった面々の思惑といえば、権力・財力、あらゆる力の恩恵。それらにあやかろうと、その代償も知らずに擦り寄って来るのだ。どうせ彼もそのうちの1人だろう。

そんな私の考えが正されたのは、本当にその直後だった。

賑わいの中の僅かな隙間に、ふと彼の顔に貼り付いた虚像が剥がれた。そこにあったのは、どこへ向けられるでもない虚無の眼差し。目の前にずらりと並ぶ権力・財力、あらゆる力に目もくれず、彼は一心に虚無だった。


「・・・」


しかしそれはほんの一瞬で、黒い彼はすでに私の見間違いだったかのように元の器用な振る舞いをしていた。
そして私はその一瞬の彼の虚無に、取り残されてしまっていた。

それが、私が彼を知った最初だった。







***







金曜日 PM4:51



ぽんっ ぽんっ とボールが弾む。

白くて黒いボールが、石畳の上を、古いレストランの壁を、少年のつま先や膝を、自由に行き来する。

その音を聞きながら店の前を箒で掃除していたナイは、何かを諦めてようやくその手を止めた。今日は随分念入りに掃除していたなと、遊びながらもカールは彼女のことをよく見ている。


「・・・今日は来ないみたいね。」


ボソリと呟いたナイは、どこへ向けられるでもない、遠い目をしている。


「誰か待ってるの?」


カールはそんなナイがなんだか心配で、何か声をかけたくてそう聞いてみた。
すると彼女は見間違いだったかのようにいつものターナーさんに戻っている。ああ何だ、良かったなあ。

質問の返事はニコリと笑顔をひとつ返されただけではぐらかされたけど、カールにとってそれは特に重要ではない。
だってカールは、ナイのことをよく見ているのだから。





 
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