Restaurant Tanner

□3
2ページ/5ページ






あのレストランへ行った目的は十分に達成できた。
言い換えれば、あの店にもナイにももう用はないということになる。スネイプはそれが彼女にとって一番適切な配慮であると確信していた。自分という存在が否応無しに過去を連想させてしまうであろうことは、分かりきったことだ。

それが前話の要点で、彼の結論だったはずである。

そして。

いくつかの路地を抜けた先、この界隈で一番古いレストラン"ターナーズ"の古びたドアには先々代が自作したwelcomeのプレートが掲げてある。
それを黒い人物が睨んでいた。











ドアを開ければ頭上でカウベルが鳴り来客を告げる。それを聞きつけた少年が、思わず身構えてしまうほどの勢いで飛んできた。


「いらっしゃい!」

「・・・。」


見上げてくる目はその瞳の色もはっきりと分かるほど真ん丸で、頬の丸さに幼さが残る快活なこの少年に迎えられて悪い気になる者はいないだろう(少数派を除いて)。看板犬ならぬ看板少年と言ったところか。
まあそれはさておき。



「今日はもう来ないかと思った。ターナーさん待ってたんだよ。」

「・・・、」


マッテタという音が"待ってた"という言葉に変換された頃には、少年はすでに注文取りの真っ最中だった。

待っていた?自分を?
何か用でもあるのだろうかと考えつつ、1人残されたドアの前でぐるりと店内を見渡し居所を求める。夜間は酒も出しているようで、まあまあの繁盛ぶりだ。程よく席が埋まっており、このドアの前にしかどうにも居ようがない。カウンターで誰かの隣というのは遠慮したいし、相席など論外である。一通り考えて今日はやはり帰るかという結論に達しようとしたところで、丁度調理場の奥の扉から木箱を抱えたナイが入ってきた。
彼女はスネイプを見るやいなや、


「ちょっと待ってて!」


カウンターの壁際の席に腕を伸ばし、飾られた出処不明の置物と積まれた新聞をいそいそと片付ける。仕上げに布巾でサッと撫で拭いて、客席を1つ整えた。もちろんそこに座れということだろう。壁に肩が支えて窮屈このうえないが、隣の客と1席分空いているのはスネイプにとって実に幸いだ。

席に着くやいなや後ろからぬっと現れた腕が目の前へ水を置いて行った。先程の看板犬、いや看板少年である。小さな体を生かして小さな店の客の間を縫うようにして配膳を務めあげている。


「何か食べる?」


手を働かせながらナイがたずねてきた。


「あー、任せる。」

「飲み物は?」

「いや私は、」


これでいい、とスネイプは水のグラスを手に取って見せる。分かったわと返すナイの微笑みは、すかさず向こうの客に呼び止められて行ってしまった。

さてと、彼女は自分に何の用が有るのだろう。
"彼等"のことで何か思い出した事でも有るのだろうか。さっきから何度も目が合うのに直ぐに逸らしてしてしまうその真意は何なのだろうか。スネイプはウィスキーを舐めるかのようにしてただの水を飲みはじめた。


「ターナーさん、こりゃタルトじゃなくてキッシュじゃないかい?」

「いいえタルトですよ。」

「いやいや、これはキッシュって言うんですよ。」


目をやれば、ナイが カウンターに座るハンチングをかぶったままの客を相手にしている。それを横目に水を嗜むスネイプにとっては、最悪どれもパイで片付けてしまいたいほど、どうでもいい。


「ターナーさんはフランスもんなんだよ。あっちの人はキッシュのことをタルトって言うのさ。」

「学生の時だけですよ。」


今度は後ろのテーブル席から、少しはスネイプの気を引く話が聞こえてきた。そう言えば昔そんな話をしていたなと、ふとうかがい見るナイの横顔は後れ毛を耳にかけている。


「それでも、女王陛下がキッシュと言えば、この国ではキッシュなのさ」


ハンチングの男はこれこそが正論であると言わんばかりに言い切った。本当にどうでもいい話ではあるがその不毛な話のせいで絡まれている店主に他の客席からは同情が寄せられる。


「彼女がこれをタルトと言おうが、あんたがこれをキッシュと言おうが、これはこれだよ。」


するとそれまで黙って聞いていたモップ髭づらの初老の男がまんをじして口を開いた。


「タルトもキッシュも違わない、同じことさ。」




.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ