ナミダノアト
□No.7
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しばらく歩いて行くと小さな小屋が見えてきた。手入れはされておらず、ツタだらけである。近づくにつれて、異様な臭いがし、ぐるるるるるると威嚇してくる声が聞こえる。ここで何かを飼っているらしい。
「…っ、」
隣で雪男が息を呑んだのがわかる。そんなに危ないのかな?
「小崎さん…。これは…。」
「…そうです。すみません。候補生に頼む任務ではないことは分かっています。しかし、こいつの世話をしないとそろそろ危ない。でもうちの所の祓魔師達は手一杯で…。」
「?なんや?そない危ないんか?」
「…はい。上一級祓魔師でも手に負えない悪魔が飼われているんです。」
「…ごめん。もう一回言ってくれへん?なんや、うちの耳聞こえずらくなったんか変な事が聞こえたわ。」
「だから、上一級祓魔師でも手に負えない悪魔がこの小屋の中にいるんです。」
「帰る。」
「駒澤さん!お願いです。もう…何十年も世話していなくて。ほんとにしないと大変な事になるんです!」
「…何十年…?そないの間…一人にさせたんか…?」
怒りがふつふつと沸き上がる。
「…ぇ…?あ、はい…。」
「…やる。」
「ゆりか!」
「雪男。ほっとけられへん。悪魔やろうと何やろうと何十年も一人ぼっちは寂しいよ。」
「…。…はぁ…。
では、僕もいます。」
「了解!」
ありえない。危険な悪魔だからってそんな何十年も一人ぼっちにするなんて…。
「やるって言ったわいいんやけど、この中にはなんの悪魔がいるんや?」
雪男がずるっとこけた。はぁとため息を吐くとくいっと眼鏡をあげる。
「ベリトという悪魔の子供です。」
「ベリト?」
「はい。ベリトとはソロモン72柱の魔神の1柱で、26の軍団を率いる序列28番の地獄の公爵です。」
「…ん?ソロモン72柱?
序列…?」
「………はぁ。」
んのやろっ。溜息何回つけば気が済むんじゃ。でも、今は黙ってる。雪男の事だ。喋らなくなるだろう。
「72柱とはイスラエル王国の第三代の王であるソロモン王が封じた72人の悪魔の事です。」
「ふむ。その子供があんなかにいるんやな。」
「そうです。子供だと思って侮ってはいけません。あれはベリトの力を強く受け継いでいますから。」
「んー。分かった、分かった。」
「…ホントに分かってるんですか…?」
呆れたように言う雪男にうちはブイサインをして小屋に向かった。うちが小屋に近づいて行くのが気配で分かったのだろう。威嚇する声に殺意が強まり、大きくなった。その殺意にうちは唾をこくりと飲み込む。近付いていくうちに気づく。その小屋の周りの空気は暗く、重い。怒りが渦巻いている。どんどん重くなる足。でもうちは足を進める。
ドアの前についた。
「…すぅ、はぁ。」
2、3回深呼吸をする。そして、ドアを開けた。
もわぁ。
息のつまるような臭い。
…こんなところに何十年も閉じ込められていたと考えると胸が苦しくなる。
「誰だ!」
突然の大きな声。驚いて肩を揺らす。
「はじめまして。うちは駒澤ゆりかや。よろしゅう。」
「…何しに来た。」
その声は低く、警戒している。中は暗く姿は見えない。多分、部屋の隅にいるのだろう。
「俺を殺しに来たのか。」
「まさか!」
うちは早く警戒を解いてもらうためにおどけたように言う。後ろに雪男の気配がする。今しがた入ってきたのだろう。
「嘘をつけ!」
「いや、ほんまやって!お世話に来たんや。おーせーわ!」
「…世話?ふざけるな…。いまさらなんだ。何十年もほったらかしといて。」
「…せやな…。悪い思っとる。うちがもっと早う来れたらよかったんにな…。」
「…。」
「何十年もこんなとこにおったら息が詰まるよね。ごめんな?」
うちは本気で謝った。嘘はついていない。心のそこから思っている事だ。
しばらくの沈黙。
「そや。電気つけてもええ?君の姿がみたいんや。」
「駄目だ!」
叫ばれた声は震えていた。
「どないして?」
「…俺は醜い…。」
「そないなこと君が判断することちゃうよ。うちが判断することや。」
「…。」
沈黙。うちは電気をつけた。
「っ!」
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